第3話 合唱コンクール

 合唱コンクールの会場となるのは、風見高校の最寄駅から電車で約一時間、そこから徒歩で十分程歩いた所にある県民文化会館。

 そこは有名アーティストが全国ツアーを行う際の会場として使われる事もある場所だ。

 現在の時刻は午前九時三十分。

 会場に着いた俺と一哉は、まだ午前中にも関わらず、猛暑日一歩手前の暑さの中会場の周りを歩いていた。

 「なぁ、なんで俺たち、このクソ暑い中こんな所にいるんだっけ?」

 「そりゃお前、西蓮寺さんに会うためだろ?」

 「いや、合唱コンクールの為に来たんだろ」

 この猛暑にやられたのか、一哉はここに来た大前提ではないことを言い出した。

 「お前にとったら、西蓮寺さんに会うことが一番の目的だろう?合唱コンクールなんて二の次だと思ってたよ。それにしても暑い……」

 そう言って一哉は手に持っているミネラルウォーターが入ったペットボトルを口に運ぶ。

 「いや、あくまでここに来た一番の目的は合唱コンクールであって、別に西蓮寺さんに会うことはそのついでと言うか……」

 「ほう、それがついでならこうして俺が西蓮寺さん探しに付き合う必要はないよな?」

 「ごめんなさい一人だと緊張するので一緒にいて下さい」

 突然捜索の打ち切りをチラつかせてきた一哉に俺は懇願する。

 もし運よく西蓮寺さんに会えたとして、一人だと何話していいかわからず気まずい空気になりそうだから、こうして彼女持ちの一哉に同行を頼んだのだ。

 「しかし、これだけ他校の生徒がいる中、本当に西蓮寺さんを見つけられるのかな?」

 「いや、何も最初から西蓮寺さん一人を探す必要はないんだよ」

 「どう言うことだ?」

 一哉の言った事が分からず俺は首を傾げる。

 「これだけの生徒の中、西蓮寺さんを見つけるのではなく、まずは高崎高校の制服を着た生徒の集団を見つけるんだよ。その中に西蓮寺さんがいる可能性は高いはず」

 「なるほど。そういう事か!」

 一哉の考えを聞いて俺は感嘆の声をあげる。

 「しかし、お前本当に西蓮寺さんのことしか見えてないな」

 一哉が俺の肩に手を置きながらからかうように言ってきた。

 「茜しか見えてないお前に言われたくないな」

 なんかイラッとしたので反撃とばかりにブーメランを投げかえしたのだが……。

 「何当たり前な事言ってんだよ?」

 さも当然のように言ってきてこちらの攻撃は空振りに終わった。

 「それはさておき、俺たちの歌唱順は早いんだ。そう時間は取れないし、この暑さで歩き回って体力が消耗するのも出来るだけ避けたいから早く探すぞ」

 俺たちの歌唱順は全体の三校目。

 かなり序盤の方なので一哉の言う通り早く見つけるため、重い足取りを堪えて歩くスピードを上げる。

 そこから五分程歩いていると、一哉が俺の制服の袖を引っ張り……。

 「なあ真人、あれ高崎の人達じゃないか?」

 と言い、俺たちの右斜め前方を指さした。

 するとそこには、高崎高校の制服をきた合唱部員が何組かに別れて談笑している姿があった。

 きっとあの集団の何処かに西蓮寺さんもいるはずと思い、中学から脳裏に焼きついて離れない西蓮寺さんの姿を探す俺。

 「あ……」

 高崎高校の談笑している何組かのグループ、その左端にいるグループに西蓮寺さんの姿を見つけた。 

中学を卒業して約五ヶ月、久しぶりに目にした想い人は、俺の記憶の俺より少し大人っぽくなり可愛さ中に美しさも覗かせていた。

 その姿に見惚れて俺の身体はフリーズし、頭の中も真っ白になって、ただただ西蓮寺さんの姿を見ていた。

 「よかったな真人。久しぶりに西蓮寺さんを見れて」

 俺の方に手を置き笑顔で語りかけてくる一哉。

 だが西蓮寺さんの姿に見惚れていた俺は、そんな親友が放った言葉も話半分にしか聴こえておらず……。

 「うん」

 としか返さなかった……否、返せなかった。

 「見惚れている所悪いが真人、あの集団に俺たちの知らない生徒もいるし、何よりあの宮原さんもいる。それに俺たちの歌唱順も迫ってきているから話しかけるのは無理そうだ」

 西蓮寺さんと宮原さんは、いつも二人一緒にいるのだけど、一緒にいる理由は単に仲がいいだけではなく、西蓮寺さんに言い寄ってくる男共を寄せ付けないようにする為……そんな噂を中学時代聞いた事がある。

 仮にあの中に割って入ったとしても、宮原さんに門前払いにされそうだし、俺たちの知らない人と一緒に談笑しているあの中に混ざる勇気は俺にはなかった。

 なので俺たちは、西蓮寺さんの横を通り過ぎてその場を後にした。


 風見高校の歌唱順になり、俺の高校初の合唱コンクールがいよいよ始まる。

 俺は本番ではかなり緊張するタイプで、登壇するといつも足が震えていた。

 壇上に上がると、ステージを照らす照明が眩しくて目を細める。

 その照明でわかりにくいが、客席には結構な数の人数が座っていた。

 部員全員で見学する学校、見学も移動も自由にしている学校等様々だ。

 もしかしたら、西蓮寺さんも俺たち風見高校の歌唱を見ているのかもしれない……・

 ならば、カッコ悪いところは見せられない。

 俺は、未だ緊張で震える足をなんとか抑えて、今日この時のために練習してきた全てを出し切る為、気合を入れ直し歌うのだった。


 歌唱を終え、緊張から解放された俺は一哉と昼食を取り、高崎高校の出番まで建物内をぶらぶらしたり、ホールの客席に戻り他の高校の歌唱を聴いたりしていた。

 そんなこんなしていると、いよいよこの大会のトリ、高崎高校の番がやってきた。

 壇上に高崎高校の生徒が登場する。

 最後に顧問で指揮をする先生が壇上に現れ、客席に向き深々と礼をする。

 スーツを着こなしたその教諭は遠目から見ても、もの凄い美人だとわかる。

 先生が両手を上げ、伴奏者に目線を送る。

 いよいよ全国大会常連校、高崎高校の歌唱が始まると思い、俺は息を飲む。

 歌唱が始まると、そのあまりのレベルの高さにただただ驚かされた。

 部員全員の歌唱力がとんでもなく高く、音程のズレも皆無だった。

 緊張で音を外したり、ペースが早くなったり、歌い出しが遅れたりする部員がいる学校があったりするのだが、高崎高校はそれが全くない。

 プロの合唱団が歌っているのではないかと錯覚するほどの歌声を部員一人一人が発し、会場全体を魅了している。

 歌唱が終わると、客席の拍手が凄かった。

 俺は途中から西蓮寺さんの事ばかり見ていたが、歌唱が終わると自然と拍手を送っていた。

合唱コンクールは各学校、金賞、銀賞、銅賞で評価され、金賞を獲得した学校が全国大会への切符を手に入れることが出来る。

 全国大会の切符を手に入れたのは高崎高校と、別の高校で、俺たち風見高校は銀賞で、惜しくも全国大会出場を逃したのだった。

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