さざ波さんと佐々木さん

海南うみなとさざ波さんの距離感は見る見るうちに縮まっていった。

初めて一緒に夕陽を見た日の出来事。心にわだかまりがつかえる海南に対し、さざ波さんは翌朝、誠実な謝罪をした。だから、もうすっかり仲直りできた。


「さざ波さんは同い年なのに、大人だねえ」

むしろ海南の中でのさざ波さんの評価は上がっていた。だから、そんな矢先にいざこざが起ころうとは誰も思わなかった。


「ねえねえ、小畑さん」

またあの三人組が来たのか。うんざりな気持ちでも、ちゃんと返事をしようと目線を上げたら、そこには二人しか女子の姿はなくて、三人組の中の一人と、隣に居るのは?誰だろう。


「あの、思い切って私から佐々木さんを誘ってみたの。そしたら一緒に遊んでくれるって」

でも、さざ波さんだと紹介された女子はさざ波さんではなかった。


「佐々木優奈です。誘ってくれてありがとう。でも、小畑さんが私のこと知ってくれてるなんて」

これは…。同じクラスに佐々木さんが二人いるなんて思ってもみなかった。だけど、そっちの佐々木さんじゃない、なんて失礼なこと今更言えない。


「えーっと、入学式の時見かけたんで、覚えてて。急にごめんなさい」

上手く言い訳したのだけれど、伝わったかどうかは怪しい。


「で、今日は付き合ってくれるよね、小畑さん」

この子ぐいぐい押してくるな、やり難い、と思う海南。これがさざ波さんとだったらどんなに楽しいかと想像する。でも二人の時はまた、とっておきの場所で夕陽を眺めたい。


仕方なく

「ありがとう、じゃあ一緒に出かけようね」と取り繕う海南だったが、後悔は後でやって来るものだと知った。


電車に揺られて10分。隣町は開けた土地で、遊びに事欠いたりはしなかった。ゲームセンターなどを巡った挙句、カラオケBOXに押し込まれる。海南は歌うことが苦手だった。まず、流行の曲を知らない。コアなロックかjazz、アニメソングしか知らないから場が白けてしまう。


自分の順番は何かと理由を付けて断っていた。そんな時

「お待たせー」

と言って三人組の男の人が部屋に割り込んできた。


「ごめんねー。急に呼びつけて」

「いやいや、女子高生いっぱいいて楽しそう、ラッキー」

所謂合コンってやつだ。海南は流石に腹を立て、部屋を出ようとした。ドアを開けていざ帰らんとしたけれど、男の中の一人が腕を掴んで連れ戻そうとする。


「いいじゃん、一緒に歌お」

嫌だ嫌だ。そう叫びたくなったが、怖くて声が出ない。その時だった。

さざ波さんが廊下に突然現れ、男の手を振り払うと、海南を連れてカラオケ屋の外まで連れ出してくれたのだ。


「嘘…さざ波さん、なんでここに」

「わたしはうみなちゃんと一緒に居るっていったでしょ。こんな所、さっさと離れましょう」

二人は30分に一本の電車を待ち、地元の駅を目指した。さざ波さんは黙りこくって、話しかけてもただ首を縦か横に振るだけ。


駅に着いたら今度は商店街を抜け、堤防沿いを歩いた。いつの間にか漁具が捨ててある小屋の所にいて、さざ波さんは声をかけた訳でもないのに、とっておきの場所に腰を下ろした。


「うん、傍に寄せてもらおうかねえ」

海南はそう返事するのが自然なように思えた。


「ここの夕陽は綺麗で、悩みなんて吹き飛んでしまうの」

さざ波さんがやっと口を開いてくれた。


そして海南の首筋に顔を近づける。

「大丈夫。もう舐めたりしないし、キスもしない」

ほっとした海南を尻目に、さざ波さんはすんすんと首筋の匂いを嗅ぎ始めた。


「ちょっと、ダメ。今日は臭いよ」

ゲームセンターやらカラオケやらで動き回り、長距離を歩いたせいで、海南はたくさん汗を掻いていた。それと、冷や汗は余計に臭うとテレビか何かでやっていたのを思い出す。

それでもさざ波さんの行為を止める訳でもなく、なすがままになる海南。

さざ波さんは、首筋からどんどん下へ、セーラー服の胸元に顔を埋めるように、海南の匂いを求める。


「ちょっと、それ以上はダメだよ」

我に帰った海南は、さざ波さんを力一杯引き剥がす。


「今日は怒ってる匂い。わたしに怒ってる?」

なんで突然、海南が怒っている話になるのか。でもそうじゃないことは伝えなくてはいけない。


「さざ波さんに怒ってなんかないよ。あんな所に着いて行った自分に怒って、それと男子を勝手に誘ったあの子たちに怒ってるんだよ」

初めは不思議に感じたてたけれど、動物は感情的になるとその気持ちを伝える匂いを出すんだと、中学の理科の先生が言ってたのを思い出した。さざ波さんはそれに反応してるのか。


「キスしていい?」

「だからダメだってば。こないだ仲直りしたばかりでしょ」

そう言って嗜めたが、さざ波さんはそれを無視して、でも優しく唇を重ねてきた。トロンと眠気を感じて目を閉じる海南。その後のことはやっぱりよく覚えていない。


ただ、生まれて初めて唇同士のキスをした。そう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る