異伝 Vは罪の夢を見るか?/Do Vs dream of ……?




 貴女が嫌い。


 貴女が嫌い。



 貴女が大嫌い。

 世界で1番、嫌い。




***




 私は、低俗な人間だ。


 Vになったのは、軽い気持ちだった。

 特別、この界隈に強い憧れがあったわけではない。なんとなく、もし、それで人気者になれたら楽しいだろうな、という安易で俗っぽい気持ち。


 そうして、運良く選考に引っ掛かった。

 選ばれたという喜びの裏に、選ばれなかった者たちに対する優越感がなかった、と言えば嘘になる。

 ……いや、この言い方は卑怯だろう。

 正しくは、選ばれなかった者たちに対して、強烈な優越感を抱いていた。自分は選ばれた側だと、増長していた。


 与えられたものは、黄昏たそがれゆめという名前と、黒髪ツインテールにピンクと黒を基調としたやたらフリルの多い衣装を纏った少女の姿。

 所謂、地雷系女子という設定だった。

 どういう意図で運営がこの姿を私に与えたのかまではわからなかったけれど、私はこの姿が気に入った。


 こんな可愛い姿に自分がなれるという喜び。

 選ばれた私がこんなに可愛い姿になるよだから、きっと、すぐさま人気者になるだろう、という予感。

 私の未来は輝いて見えた。


 ──ただ、まぁ、そんな思いも長くは続かなかった。


 単純な話、私は同期の中でもあまり伸びなかった。

 正確には、登録者数はそれなりに居る一方で、動画の平均的な再生回数はそこそこだった。登録者数あたりの再生率が悪かった。

 再生回数で言えば、登録者数で上回っていたらんちゃんよりも低いことが頻繁にあった。登録者数は大事な指標だが、平均再生回数や総再生時間も大事な指標だ。

 それらが殆ど伸びていなかった。


 一応登録はしていても毎回動画を観るというほどじゃない。

 ファンを名乗るほどの熱心に推していない。

 一瞬だけ登録する程度には誰かの記憶に引っかかっても、誰かの心の中にまでは届かない。


 結局、そこが、私という凡人にんげんの限界だった。




 さて、そんな私がどうするのか。

 考えた末の結論は、凡人の発想。

 自分よりも優れている誰かに、寄生虫の如くくっついていくだけ。


 選んだ相手は、葉隠はがくれしおり、というVだった。


 彼女を選んだことに大した理由はなかった。言ってしまえば、たまたま都合が良かっただけ。

 私よりは登録者数が多かったけれど、その上には朱美あけみさくらというVが居り、葉隠しおりは朱美を抜くための手段を模索していた。

 丁度、私は再生数を増やすために協力できそうな相手を探していた。

 だから、2人で手を組んだ。


 と言っても、やったことは普通だった。

 頻繁にコラボして、てぇてぇ営業やって、機会があればお互いを推し合って、どうにかこうにか再生回数を稼ごうとした。


 もっとも、全くもって朱美には歯が立たなかったが。


 実際にコラボを何度かすればわかる。

 ああ、楽しいな、って、こいつと遊ぶのは楽しいな、ってそう思えてしまう。きっと、それを観ているリスナーも楽しいんだろうな、と。

 バカみたいに騒いで、バカみたいに笑って、バカみたいに楽しんで、そんな姿を好きにならないはずがない。


 凡人わたしには、到底、真似できなかった。

 まぁ、そんなものだろうな、と私が朱美を抜かそうとすることに諦めを覚え始めた頃、葉隠しおりは未だその現実を認めることができていないらしかった。


 始まりは小さなことだった。

 競合するから朱美さくらとのコラボの頻度を減らそう、という提案。

 その提案自体はある程度合理性はあった、と当時は思っていた。当時の私の中では、朱美さくらvs葉隠しおり&私という構図が頭の中で出来上がっていたから。


 いきなり完全にコラボをしなくなるのはあからさまであるため、徐々にコラボの頻度を減らした。


 ──コラボを重ねる度に、朱美のことを友だちだと思うようになった。


 葉隠しおりが主催する突発的な企画に朱美を呼ぶのを減らそう、と提案された。少しだけ反論したが、葉隠しおりが恐ろしくて最後には私は口をつぐんだ。


 ──朱美と楽しそうにコラボするらんちゃんが羨ましいと思った。


 朱美に関する流言飛語を流そう、と提案された。私は肯定こそしなかったが、否定も出来なかった。ただ、口を噤んで、耳を塞いで、傍観した。


 ──私がたまたま選んだ相手は葉隠しおりで、朱美がたまたま選んだ相手はらんちゃんだった。その事実が、どうしようもなく、憎たらしくなった。


 葉隠しおりの提案は、そこからさらにエスカレートしていった。口にするのも悍ましいような、人間の悪意を初めて知った。

 そして、私は、それら全てを知りながら、それら全てを見なかったことにした。運営に報告する勇気さえなかった。


 ──たまたま選ばれただけのらんちゃんが、たまらなく、憎かった。私よりも登録者数が少ないくせに、たまたま朱美に選ばれただけで楽しそうに笑っているのが、どうしても許せなかった。


 葉隠しおりにブレーキなどという制御装置は存在せず、とうとうあの事件が起きた。

 葉隠しおりは、運営は自体の沈静化を優先させるからどうとでもなる、と思っていたようだったが、結局、運営は真相究明を優先し、事件が大きくなっても真実を調べ上げたのだった。




 さて、事件が発生した直後、私は、自分が関係していることが突き止められることを怯えながら、それでも素知らぬ顔でらんちゃんに接触しようとした。


 目的は、ひとつ。

 たまたま選ばれただけの、私と同じ凡夫の化けの皮を剥がすこと。


 我ながら本当に碌でもない人間だと思った。

 あれだけの騒ぎになって、多くの人を巻き込んで、結局、最後まで優先したのは自分の気持ちだった。


 別にその中身をみんなに知らしめてやりたかったわけではない。こっそり録音してばら撒くとかそういうことをしたかったわけではない。


 本性を知りたかった。

 その醜い本性さえ知れれば、それで良かった。ただ私だけが特別醜いわけではないのだと、みんなそんなものだと、それが知りたかった。

 私と同じ凡人で、朱美という輝きに害虫の如く群がるだけの、同じ羽虫だと確かめたかった。

 いや、正直に言おう。

 私は、貴女がたまたま選ばれただけで、私でも良かったはずだと確かめたかった。貴女が朱美の隣に居られるのなら、私でも同じことができたはずだと確かめたかった。

 運の差でしかなかったんだと、証明したかった。


 ただ、それだけを夢見ていた。


 なのに。


「あ、それもそうですね。さくらちゃんが戻ってきたら、一緒にやりたかった、って怒っちゃうかもしれません」


 どうして、そんな風に朱美が戻る未来を語れるの。


「私は、さくらちゃんを信じています。今は連絡を取ることを禁止されているので、まだ今回の件についての詳細を本人に聞けたわけではありませんが、本人がしていない、と言うのであれば、私はそれを信じます。もちろん、私は、していない、と確信しています」


 どうして、そんな風に朱美を信じられるの。


「確かに、私はさくらちゃんのほんの一部しか知らないのかもしれません。もしかしたら、私が知らないだけで本当にそういうことをしちゃったのかもしれません。仮にそうだったとしても、私もそんなことしちゃダメだよ、ってさくらちゃんを怒ります。それから、私もさくらちゃんと一緒にみんなに怒られます。私も一緒にみんなに謝ります。また、さくらちゃんと一緒に遊んで良いよ、って認めてもらえるまで一緒に反省します」


 どうして、そんな風に朱美と落ちていけるの。


「私は、さくらちゃんの親友ですから」


 どうして、そんな風に貴女の心は綺麗なの。


 ──似ているようで、あなたわたしは、違った。


 手を取った相手が落ちていくのに手を伸ばし続けるのが貴女で、手を取った相手が落ちていくのをただ静観するのが私。

 もしかしたら、貴女が朱美ではなく葉隠しおりの手を取っていたのなら、そもそもこんな事件さえ起こらなかったのかもしれない。

 

 結局、貴女は選ばれるべくして朱美に選ばれ、私は選ぶべくして葉隠しおりを選んだ。

 それが、全てだった。

 当然の末路だったのだ。


 ──私は運営に自首し、全てを話した。


 直接、私が朱美に何かしたわけではなかったけれど、朱美が何をされたのかは全て知っていた。葉隠しおりがどのような悍ましい計画を立て、行動していたかを全て知っていた。

 それら全てを──私がそれを知りながら傍観していたことを含めて──運営に話した。


 私にそのようなつもりはなかったが、運営側としては司法取引のように考えていたのか、結果として葉隠しおりは引退となり、私はしばしの謹慎という扱いになった。


 もっとも、私はVを辞めるつもりだった。

 こんなことになって戻れるとは到底思えなかったし、戻ったところでどうするんだという思いもあった。




 まぁ、想定外があったとすれば、朱美あのバカだろう。


 私の謹慎明け早々に連絡をとってきたかと思えば、喧嘩しよう、とか言い出した。

 意味がわからなかった。

 しかし、謝罪する機会だとも思った。


 私は朱美と通話し──大喧嘩をした。


 私は建設的に話そうと思っていたが、朱美はむちゃくちゃだった。

 自分勝手なことばかり言うし、かと思えば私を本気で責めているわけでもなさそうだし、本当に言いたいことだけ言いまくってきた。


 だから、私もさすがにぷっつんした。


 私がどんな想いで葉隠しおりと手を組んだか、どんな想いで口を噤まざるを得なかったのか、どんな想いでらんちゃんに酷いことを思っていたのか、捲し立てるように朱美にぶつけた。


 そこからは、まぁ、それはそれは醜い言い合いだ。


 お互いに相手に自分の言葉を理解させる気があるのかさえわからない、ただお互いの想いをぶつけ合うだけの行為。

 おそらくお互いに隠せていることなんて何一つなくなるくらいまで全てをぶちまけた。


「よし、スッキリした。やっぱゆめはゆめだった。ホラー苦手なビビりにあんなことする勇気なんてあるわけないし。それじゃ、予定通り、明日、コラボするから。え? 聞いてない? 知らん。やるから。──辞めんなよ、V」


 一方的に通話を切られた。


 ……ほんと、こいつは。

 どこまでも人の心を掻き乱してくる。




 それから少しして、今度はらんちゃんから連絡が来た。


「私は、まださくらちゃんほど、気持ちの整理ができているわけではありません。ゆめちゃんのことをすぐに許せるとは思えません。だけど、私が、ゆめちゃんが悩んで苦しんでいたことに気付かなかったことも事実です。ですから……私にチャンスをください。今度は、絶対に、貴女の苦しみを見逃したりしません。貴女の友だちを名乗り続けるチャンスを私にください」


 違う。

 貴女は何も悪くない。

 臆病だった私が悪いのだ。

 運営に一言告げれば良かっただけなのに。


「いいえ。友だちなのに、苦しんでいる時に手を伸ばせませんでした。ですから、まだ友だちと名乗り続けられるチャンスを私にください」


 やっぱり、貴女は優しすぎる。

 私の醜さを否定しない。それを許せるとは言わない。私の綺麗な部分だけを見ているわけではない。

 それでも、私を受け止めてくれる。

 それでも、私を友だちだと言ってくれる。

 どこまでも真っ直ぐ対等であろうとする。


「チャンスをくれないなら、そのときはそのときで勝手に名乗り続けます」


 ……勝手過ぎるじゃん、2人とも。




 そして──私は、覚悟を決めた。

 もう一度、やり直そう、と。

 そして、今度は1番を目指そう、と。


 あの2人に報いるには、この界隈に報いるには、この罪を償うには、逃げるのではなく、この界隈で1番になることだと思った。

 朱美よりも、らんちゃんよりも、他の誰よりも輝くVになって、もっとこの界隈を盛り上げなければ私の罪は償えないと思った。

 貴女たちが好きなこの界隈を、もっと好きにさせることが一番だと思った。


 そうやって初めて貴女たちの友だちだと自信を持って名乗れると思った。

 そうしなきゃ、名乗る資格なんてないと思ってた。


 ──まぁ、結局、友だちの資格だとか言う考えも2人にぶち壊されたんだけど。




 貴女朱美が嫌い。

 私が凡夫だとわからせられるから。

 貴女らんちゃんが嫌い。

 私の醜さを思い知らされるから。


 貴女わたしが大嫌い。

 世界で1番、嫌い。




 貴女朱美が好き。

 私に光を教えてくれるから。

 貴女らんちゃんが好き。

 私に温かさを教えてくれるから。


 貴女黄昏ゆめが大好き。

 世界で1番、私が貴女を好きでいる。




 ──私は、V私たちが大好きだ。




***




小説 夏◯罰(上)/黄昏ゆめ(Cover)




コメント:感情が込められまくってて、聞いてると息苦しくなる

コメント:ほんと息が詰まるくらいに感情が溢れてる

コメント:ごめんのとこがマジでさ

コメント:らんらんかお嬢に向けた歌なんやろなぁ、とは思うけど、ゆめたそはそこら辺語らないからな

コメント:語る資格ないとか思ってそう

コメント:やっぱらんらんが強引にゆめたそ引っ張るのが良いと思うんですよ、僕は

コメント:あの件の公式発表をちゃんと読むとゆめたその苦悩がちゃんと書かれてるんだよな・・・

 コメント:いじめは駄目だし、それを静観するのも良くはないけど、1人でそれに立ち向かえるかと言われたらな・・・

 コメント:真正面から立ち向かったお嬢が強過ぎるだけなんだよなぁ

コメント:主犯と同じように契約解除するのが事態の鎮静化を図れて運営的に楽だっただろうにやめさせてないの意外だわ

 コメント:そらほめるた!運営は闇を収集してるから・・・

 コメント:ほめるた!公式は本質が闇なだけでやってることはかなり優良やぞ

 コメント:優しい顔して近づくサイコパスと同じじゃねぇか

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る