第2話 弟正式参戦≠デビュー

「……眼鏡かけてると、何かドSっぽいですよね」

「何それ。せめて知的に見えるとか言ってほしいんだけど」


 伊達眼鏡をかけた弟が私の言葉に苦笑いを浮かべる。

 しかし、実際、興が乗ってくると弟はSっぽくなる。落ち着いた言動のために大人っぽいと思われがちだが、他人をからかったりして少しだけ子どもっぽい部分もあるのである。もっとも、それも気を許した相手にしかしないのだから、そういう部分を知っている相手は少ないのだろうが。

 特に頭脳戦では徹底的にSだ。幼い頃には何度トランプで泣かされたことかわかったものではない。


 コーチジャケットを脱ぎ、伊達眼鏡とイヤーカフを外した弟は、リビングのソファに深く腰をかけた。

 そのままソファの足元で充電していたゲーム機を手に取ると、『M○necr○ft』を起動させてゲームを始めた。あの配信限りではなく、本格的に弟がゲームを楽しんでくれているのは嬉しい。


「そういえば、レッドストーンで何を作っていたんですか?」

「自動小麦収穫機」

「じどうこむぎしゅうかくき」

「あとは隠し扉とか」

「隠し扉!」

「プログラミングは触ったことなかったけど、ゲームで勉強できると楽しくて良いね」


 うきうきな様子でゲームをしている弟を見ながら、やっぱりまだまだ子どもだな、と思う。弟は優しいので、誰かと遊ぶときは常に気を遣ってばかりで、純粋に楽しめる遊びは殆どしてこなかった、というのが姉からの印象だ。それが純粋に自分の好きなように好きなことができる遊びを手にしたとなれば、その喜びはひとしおだろう。

 ……隠し扉は気になるので後で作り方を教えてもらおう。


「それで、えーっと」

「配信の話?」

「うっ」


 言い淀んでいると、ゲーム画面を見つめたままの弟からすぐさま用件を見抜かれた。一回目はこちらから言い出すのを待ってくれたが、二回目となると容赦ない。やはりS気味ではないだろうか。


「はい……。また配信に出てくれますか……?」

「否はないけど、そんなに何度も俺が出て問題ないの?」

「それはもちろん。むしろ、マネージャーさんがたまに出て貰った方が良いかもしれない、と話してましたし。都合が合えば、ですけど」

「マネージャーさんから許可が出てるなら俺に断る理由はないよ。ただやっぱりスケジュールを姉さんに合わせるのは難しいと思うから、あくまで俺が時間があるとき、って条件になっちゃうけど」

「もちろん。遊べるときに遊んでもらえたら嬉しいです」


 マネージャー曰く、弟と一緒の配信では私が幼く子どもっぽい振る舞いをするところがリスナーに受けている、という話だった。全くもってそんなことはないと思うのだが、そう言われたうえに再生数という数値上でも確かに結果が出ている以上は反論できない。


「ちなみに、マネージャーさんが出た方が良いっていう理由は?」

「……一緒に出ると視聴数が良いので」

「素直でよろしい」




***




【姉弟配信】弟くん参戦!!【青丹あおにらん・弟】




「というわけで、不定期ですけど、弟くんと一緒に配信していくことが決まりました」

「正確には、マネージャーさんに事前に連絡入れれば参加しても大丈夫、って形だけどね。なんでそれで許可が降りたのか、俺は全くわからないんだけど……こういうのってあんまり好まれないんじゃないの?」

「私は好きです」

「そっかぁ。なら仕方ないか」


コメント:やったぜ

コメント:弟参戦か

コメント:弟ソロ配信はないの?

コメント:この弟またお嬢を甘やかしてる・・・

コメント:もっと甘やかせ(過激派)

コメント:俺のことも甘やかせ

コメント:しゃーねぇな

コメント:リスナー同士のてぇてぇ・・・?

コメント:コメントで地獄を生み出すな

コメント:弟のデビューまだー?


「弟くんが個人的にチャンネルを持つ予定はないですけど、Tw○tt○rのアカウントは作ってプレゼントしたので、概要欄から見てみてくださいね」

「今のところ、どういう風に使っていくかわからないからフォローしてとも言いづらいんだけどね」


コメント:弟のプロフィール草

コメント:シスコンアピールですか

コメント:「お姉ちゃんが大好きです♡←姉が勝手に書いてましたが、残しておきます。」草

コメント:草

コメント:お嬢が勝手にやってるんかい草

コメント:お嬢キャラ違い過ぎて草

コメント:フォローがお嬢だけなのがてぇてぇ


「えっ!? あのプロフィール消してないんですか!?」

「え。これは残すタイプのネタかな、って」

「違いますよ!? いつものネタじゃないですか! 消してください!?」


コメント:”いつもの”

コメント:”いつもの”・・・?

コメント:なるほどね

コメント:詳しく……説明してください。今、僕は冷静さを欠こうとしています。

コメント:やっぱ姉弟てぇてぇは最高やな


「もうみんなにバレちゃったし、そのままで良くない? 面白いし」

「良くないですよ!?」

「でも、せっかく姉さんから貰ったのに変えちゃったら勿体ないしさ」

「もう! もうっ!」

「ごめんごめん。許して」

「嫌です。絶対にゲームでぼこのぼこにしてみせますからっ!」

「えぇ……ぼこのぼこにされるのは勘弁してほしいなぁ」


コメント:なんやこれ・・・

コメント:付き合いたてのカップルかよ

コメント:本当に姉弟か?これが・・・?

コメント:お嬢の素が出まくっててもう最高

コメント:弟ナイス

コメント:人に向かって感情的になるお嬢を初めてみた

朱見さくら:てぇてぇ

コメント:ほめるた!オタクが出たぞ!

コメント:ツ○の方で限界突破してこっちに出てきたか

コメント:おい誰かツ○に隔離しろよ

コメント:妖怪か何か?


「あ、さくらちゃん。見ててくれたんですね」

「姉さんの知り合い?」

「私が所属している『ほめるた!』の親友で朱見あけみさくらちゃんです。よく一緒にコラボ配信とかしていて、仲良しなんですよ」

「コラボ配信っていうと、一緒に配信する感じなのかな? 心配して配信を見に来てもらえるなんて、良い人に恵まれたね」

「うん……みんなとってもいい子ばかりなんだ」


コメント:違うぞ絶対てぇてぇ摂取に来ただけだぞ

コメント:自分の欲望に忠実なだけなんだよなぁ

コメント:さくらんてぇてぇ・・・?

コメント:てぇ・・・?

コメント:おいてぇてぇ民すら困惑してるぞ

朱見さくら:おいてぇてぇしろよ


「あ、それで、今日は『M○necr○ft』じゃないゲームをしようかな、って思ってたんです」

「ぼこのぼこにされるらしいからね。対戦する感じのゲーム?」

「はい。今日は『超○棋』を遊んでいこうと思います」

「将棋……?」

「だいたい将棋です」


コメント:なんでそのゲームチョイスなんだ

コメント:らんらんとたまにやってるせいじゃね

コメント:まるで将棋だな

コメント:将棋か・・・?

コメント:駒の動く方向は将棋

コメント:方向以外は・・・?

コメント:うるせぇ!将棋だ!!


「あんまり将棋の定石とか知らないんだけど、大丈夫かな」

「全然関係ないので大丈夫です」

「……将棋?」

「方向性は将棋です」


コメント:他の人とやるときちゃんと説明するのに弟相手だとふざけちゃうお嬢

コメント:これがお嬢の本来の姿ですか

コメント:姉弟てぇてぇ

朱見さくら:見せたのか・・・私以外にその姿を・・・

コメント:弟の方が見せてる定期

コメント:謎定期やめろ


 ルールとしては盤上で駒を弾いて相手の王将を落とせば勝ちという、将棋のルールはほとんど無関係だ。一応、駒を弾ける方向は元の駒の動きになっているが、それ以外には将棋要素はない。


「じゃあ、初手は私から」

「お手本をお願いします」

「最初は、飛車を玉将の前に、こうです」

「……将棋?」

「この動きは将棋です」

「そうかなぁ……じゃあ、俺は金を前に、えい。……全然進まないんだけど」

「タイミングがあるので、チャージしすぎても弱くなっちゃいます。よく見ててくださいね。こうです」

「……あの、もう俺の王将ピンチなんだけど」

「これがこのゲームです」


コメント:お嬢のドヤ顔がみえるみえる

コメント:さくらん、だんだん超○棋ガチになってきてるからな

コメント:たまに一時間くらいこれでコラボやってる

コメント:さくらんあれでずっときゃっきゃしててよき

コメント:らんらんが汚く爆笑しててお嬢が綺麗に笑ってるのらんらんの品のなさが露呈して可哀想だからやめてあげてほしい

朱見さくら:わかる。らんちゃんの笑い声だけにしてほしい。私が可哀想だ

コメント:自業自得だぞ

コメント:他人事みたいに言うな


「今日はぼこのぼこにすると言いましたので」

「本気だ……まぁ、簡単には負けてあげないけど。よいしょ」

「む。意外と良い位置に逃げましたね。でも、逃がしません」

「永遠にピンチから逃れられないんだけど……姉さん、手加減とかしない?」

「自己紹介の部分を消してくれるなら考えます」

「それは、見てくれてる人次第かなぁ」


コメント:手加減とか勝負事に不要

コメント:真剣勝負を穢すな

コメント:全力の相手に挑んでこそだぞ、弟

コメント:手加減無用


「皆さん、消しても良いっておっしゃってます」

「手加減なしで勝ちを目指すしかなさそうだね」

「なんでですか!?」

「姉弟だよ。嘘は通じないから」


コメント:姉の嘘を見抜く弟

コメント:こんな姉弟実在する???

コメント:姉に騙されて親の遺産全部持ってかれた身としては信じられない

コメント:闇を出すな

コメント:弟からすればわかりやすい癖とかあるのかもな


「何となくタイミングはわかったから、あとは角度さえ理解すれば良いんだよね?」

「そう簡単にできると──え?」

「よし、王将の安全は確保した」

「ま、まだです! どの道、私が追い詰めている状況は変わりません。まずは、王将の盾になってる駒を弾いて……よし。これで次のターンには、また王手ですよ、弟くん」

「──姉さん、最初に自分の飛車をどう動かしたか覚えてる?」

「自分の玉将の前に移動させてから、弟くんの王将の前まで動かしましたけど」

「つまり、俺の陣地から姉さんの玉将の前までは道ができてるってわけだよね」

「えっ」


コメント:弟のやつそこまで考えて

コメント:お嬢が勢いに任せ過ぎただけだは

コメント:よくやる戦術なのにお嬢弟相手だから油断したな

コメント:これは初歩的なミス

コメント:お嬢・・・


「詰み、だよ」

「で、でも、そう簡単に届くわけが……って、上手ですね!? あぁっ!? 私の玉将が!?」

「よし、俺の勝ちだよ、姉さん」

「……」


コメント:これは姉の威厳なくなりますね

コメント:ぼこのぼこにするって聞こえた

コメント:なんか言ってた気がする

コメント:あれはフラグでしたね・・・


「……ぃ」

「ん?」

「もう一回、お願いします……」

「でも、俺がそれを受ける理由なくない?」

「……私が負けたら罰ゲーム、とか」

「その言葉を待ってたよ」


コメント:弟の声がすっげぇにこにこしてそう

コメント:意外とS・・・?

コメント:これは俄然弟を応援するしかないのでは

コメント:お嬢への罰ゲーム胸が躍ります

コメント:頼んだぞ弟


 完全にゲーム性を理解した弟に勝つ術はなく、結局、全敗した上で大量の罰ゲームを行うことになった。ただ、配信としては大いに盛り上がったので、一安心だった。

 なお、なぜ罰ゲームを設定しようとしたのか弟に尋ねたところ、配信で受け入れてもらうため、というよくわからない答えを得た。その場のノリ的なものかと思っていたが、やはり弟には弟の考えがしっかりとあるようである。




***




青丹らん@ほめるた!@Aoni_Ran_Run

弟くんにいじめられました

弟@aoni_otouto

今夜はオムハヤシです。

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 青丹らん@ほめるた!@Aoni_Ran_Run

 許しました

  |

  青丹らん@ほめるた!@Aoni_Ran_Run

  やっぱりプロフィール文変えませんか?

   |

   弟@aoni_otouto

   夕ご飯できました。

    |

    青丹らん@ほめるた!@Aoni_Ran_Run

    無視しないで!?

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