第154話 成績を上げる意外な方法 その⑤

「…は?塾!?」

 夕飯が終わった後、満は両親から何枚ものチラシを見せられた。

 食器が片づけられたテーブルの上には、カラー印刷された細かい説明文が書かれた紙が置かれている。

 それはすべて有名な塾のチラシだった。満も、名前を聞いた事がある塾のチラシもある。

「進学科にいるのなら、大学に行くのだろ?だったら今から勉強せんとな」

 満の向かい側に座っている父親が、将来を見据えた目でそう提案してきた。四十代半ばの中肉中背な、どこにでもいるような普通のおじさん、という顔立ちだ。

「そうよね。大学に行けば、いいところへ就職しやすいものねえ」

 父親の隣に座っていた母親も、同じく進めてくる。短い黒髪に化粧っけがない平凡な主婦、といった容姿だ。

「いや、俺は大学に行く気なんかないよ」

 台所で夕飯を食べ終え、自室へ行こうとしたところ、いきなりこんな話をされた満は面食らった顔でそう返事をした。

「父さんはな、お前に苦労してほしくないんだ。高卒だと、大卒より給料が安いんだよ」

「それに大卒の方が、いろんな仕事を任されるって話じゃない?だから満には大学へ行ってほしいの」

 自分達の経験から、息子へ大学には行ってほしい、と満の両親はそう願っていた。しかし、

「だってうちお金がないんだろ?だから俺は大学には行かない」

 中三になるまでよく聞かされた言葉で言い返され、満の両親は言葉が詰まってしまった。


 満が自室へ行った後、両親は顔を見合わせて反省していた。

「…お金がないことを、言い過ぎたかもな」

「…でも、あの頃は本当にお金に困っていたからねえ…」

 満が小学五年生の頃から、ある事情で本当にお金に困ってしまった。そのため満にはよく「お金がないからダメ!」と言い続けてしまったのだ。

 その間、父親の祖父母には本当に助けられたのだ。もし、祖父母が居なかったら満は「お金がない」という理由で心がねじ曲がってしまったかもしれない。

 中学三年生になった時、とある人物に出会ったのがきっかけで過剰な節約をしなくてもよくなった。だから満が私立の高校へ行きたがっても、遠慮せずに行かせることが出来たのだ。

「…本当に、霧島さんには感謝しかないわ」

 母親がそう呟きながら、つい目線を台所の戸棚へと向けていた。

 そこに置いてあった、お金についての本の背表紙の著者名には『霧島 舞』と書かれていたのだ。

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