第89話 傷つける友人、助ける他人 その㉗

 昨日の昼休み、終野が去った後、流と満はサッカーボールで遊んでいたが、流が蹴ったボールが保健室の窓の下まで飛んで行ってしまったのだ。

 拾ったついでに、つい保健室の窓を覗いてしまったが保健室には誰も居なかった。それで気になった満達は、ボールを返した後に保健室まで行っていた。

 保健室の近くまで来た時、…目を疑った。終野が保健室のドアにへばりついていたのだ。 

 さすがに二人は駆け寄って「…何やってんだ?」と驚き半分呆れ半分なツッコミを入れた。それでまた終野が騒ぎ出したので、それに気づいた保健室の先生がドアを開けたのだ。

 結局終野は、保健室の先生からさらにキツく注意されてしまい、涙目で渋々と立ち去っていった。

「…あ、あの…、杉村は…?」

 それを無言で見送った満と流は、先ほどの保健室の先生の迫力にたじたじになりながらも杉村の様子を聞く。

「杉村さんは、奥の部屋で休んでいるわ」

 さっきとは打って変わって、保健室の先生は二人を安心させるようにそう答えた。 

「…奥の部屋、ですか?」

『前に保健室に来た時、そんな部屋があったっけ?』と言わんばかりに二人は声をそろえる。

「貴方達が、だいぶ前に座っていた場所から見えにくい所にあるの。プライバシーを、守るためにね」

 だいぶ前に結達と一緒に保健室へ来た時、相談するための場所で座っていた。その時は奥の方に興味を持つどころではなかったから、気づかなかったという訳だ。

「貴方達のおかげで、杉村さんはゆっくり休めたわ。本当にありがとう」

 保健室の先生へお礼を言われ、二人は「どういたしまして」と声を揃えた。


 二人が教室へ戻った後、保健室の先生はドアを閉じ、奥の小部屋へと目を向けていた。

 終野を保健室へ入れずに済んだのは、あの二人のおかげだ。保健室の外で見張るように居てくれたのと、先ほど保健室に居た終野へ声をかけてくれたから、ようやく遠ざけられた。

 杉村は、これからいい方へ向かうだろう。午前中に杉村を連れてきた結と安田だけでなく、成宮グループの令嬢である華まで来てくれたのだから。

 結と安田がもう一度来るのは予想がついた。だが、もう一人=別の女生徒である華が来るのは正直予想がつかなかったのだ。

(成宮グループは、昔から困っている施設や個人を当たり前のように助けてきたから、杉村さんも救いの手が差し伸べられるでしょうね)

 そっと小部屋を見てみると、ちょうど華が、杉村の手を取り、しっかりと握っていたところだった。


「でも、これで杉村はもう終野に悩まされないだろうな」

 流はそう言いながら、杉村の後ろの席へ目を向ける。

 そこは、誰も座ってなかった。他の同級生達から出てくる噂話によると、華達は杉村が落ち着いた後そのまま職員室へ行って、春山先生へ『杉村が、終野に執着されて酷く困っている』と話したのだ。

 春山先生も実は、杉山と終野の歪な関係にもう気づいていた。様子を見つつも、本人から話してくれることを待っていたが、冬沢先生からも体育の授業の様子を聞かれていたので、華達の話を聞いてすぐ動いてくれたのだ。

 それが『当分の間、特別室で個別で授業を受ける』事だった。被害を受けた側が、保健室登校などで個別に授業を受ける場合があるが、今回は成宮家の弁護士から接近禁止命令などを受けたことから、終野が隔離される結果となったのだ。

「ホント、成宮さんは凄いよなー!あっという間に、杉村の悩みを解決したもんなー!」

 流が、周りの同級生達と同じく称賛の声を出す。

「ああ」

 家の権力を困っている者を助けるために使った華へ、満は皆と同じく称賛の声を出す。

(確かに、杉村が助かったのは霧島達のおかげだな)

 そして、華から少し離れた自分の席で、文庫本から顔を上げて安心していた顔の結にも、心の中で賞美していたのだった。

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