第60話 狙われたお嬢様 その60

 満が声をかけるか迷っていると、流が制服のポケットからスマホを取り出した。

「…母ちゃんから、買い物を頼まれた!」

「ええっ?」

 スマホをしまった流は、驚く満の肩を軽く叩きながら、

「…今のうちに言っておけよ!オレは遅くなるから、先に帰ってくれ」

 満の背中を押すようにそう言った。

「じゃあ!また明日!」

 大きな声を出しながら、流は先に橋を渡っていった。

「お、おい!流!!」

 取り残された満は手を伸ばそうとしたが、すぐに止まった。

「…日野沢さん!?」

 流の大声が聞こえたのか、橋を渡る手前で立ち止まった結が振り向いていたからだ。   



 小夜川の河川敷には、緑色が広がっていた。

 座って過ごせるように植えられていた芝生の上に、結と満は立っていた。ふかふかだが、二人共座らずに少し距離を開けていた。

 二人の目線は、向こう側の桜に向けられている。夕日を浴びた桜は、今日一日を頑張った人達を労うように、美しい花を咲かせていた。

「…綺麗ですね」

 子供の頃から何度も花見で見ているが、それでも飽きない。結はこの風景が好きで、帰りに寄り道して眺めることが何度もあった。

 満はその隣で、ペットボトルのコーヒーを飲んでいる。先ほど、近くの自動販売機で結が買った物だ。

 満は払おうとしたが、結に「昨日のお礼です」と言われた。

 それを受け取った後、満は意を決して結をここまで連れてきたのだ。

 ちなみに満が飲んでいるコーヒーは、無糖だ。満は、結が好みの味に気づいてたのにちょっと驚いた。

「…成宮から言われたことだけど、俺は鵜呑みにしてないからな」

 なんて切り出せばいいのか悩んだ末、満は直球で告げた。

「…!」

 いつも冷静な結が、僅かに動揺する。

「…すみません。立ち聞きしてしてしまって」

 もしかしたら気づかれていたかも、と思った結は、すかさず謝った。

「いや、その方が正直都合がよかった。変に誤解されないから」

 二人きりの話を盗み聞きしたのに怒るどころか『その方がお互い分かりやすい』と笑う満に、結は思わず心臓が一瞬強く鳴った。

「成宮が言った事がすべてじゃないだろうし、こういうのは霧島の口から聞きたいんだ。もちろん、言いたくないなら無理に言わなくていいし」

 結が言いたくない理由に気づいていた満は、結を安心させるためにそう話した。

「俺は、絶対バラしたりなんかしない!だから、霧島は不安にならなくていい。成宮にも、もう喋らないようにしっかりと釘を刺しておいたからな」

 あれだけ言っておけば、さすがに華はもう喋らないだろう。

 満は、これで結の秘密が守られた、と確信した。

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