第7話

 相変わらず、暇な日常。悪いわけじゃない。お金に困っているわけでもないし。ぼーっとそんなことを考えていると、店の扉が開いた。


 入ってきた男がカタギじゃないと、すぐに気づいた。三上の仲間かもしれない。そう思って少し身構える。


「いらっしゃいませ」


「どうも」


 その低い声からは敵意を感じはしなかった。


 何もかも、疑わずにいれるならその方がいい。気を楽にしていられるなら。そうもいかないから困る。



「安い酒を」


「当店は、お客様の悩みをお代とさせてもらってます」


「そう、ちょうどいい」


 店で一番安い酒を出すと、すぐに彼は飲み干した。


 数秒の間を開けて、彼は静かに喋り始めた。


「俺はマフィアでね」


 予想が当たる形になってしまう。


「でも、もう限界なんだ。 人を殺しすぎた」


「何事にも引き際というものがありますよ」


「人殺しが、その後幸せになんて生きられやしない」


「違いないですね」


「逃げた先で、辿り着いたのがここさ」


「なら逃避行を楽しんでみるのもいいんじゃ?」


「結末は死だ。 かっこ悪いがまだ、覚悟ができてない」


「死ぬと思えば、死んでしまいますよ。 人間は死に鈍感だから長生きする生き物ですから」


「そういうもんか?」


「ええ、きっと」


 気休めを混じえて、現実から目を背けていられたら彼ももっと気楽なんだろうけど、なかなか難しい。


「憧れていただけなんだ、悪い奴に」


 話を戻した彼をただ見つめる。


「だが結局は度胸のない、小僧だったんだよ俺は」


「人間そんなもんですよ。 憧れに突き動かされて、才能がないことに気づいて、でもしがみつくしかない。 そうやって、然るべき場所にたどり着くだけです」


「あんた、えらい達観してるな」


「もう30なんで」


 笑いながら言った。


「また、来てもいいか」


「もちろん」


「俺は高遠 敬。 あんたは?」


 陽一朗を名乗るのが少し嫌だった。まだ三上の仲間の可能性があったから。


「ピエロです」


「不思議な名前だ」


 そう言い残して彼は店を出た。



 ゲルニカのような戦火から逃げ惑い、彼は生き残れるだろうか?


 そして俺たちはいつまで幸せでいられるだろうか。

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ピエロ 赤いピアス @akaipierce

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