第5話

 夢を叶えて、終わりならきっと苦労することも少ないのだろう。だが、夢を叶えるだけでは終われないのが人生。その先は未知の世界。自分の足で、自分の意思で歩けるかどうかはまた別のお話。



 そして、自分の足で歩かなければならないのが人生なのだ。






 人が来ない。あれから誰も来ていない。さすがに退屈だ。


 そんなある日のお昼の出来事。


「すいませーん」


 月夜さんでは無い。随分綺麗な女の子が入ってきた。


「いらっしゃいませ」


 こうも綺麗だと緊張する。上にいるアカリに怒られそうだ。


「そちらの席へ」


「失礼します」


 やけに礼儀正しい。これが普通なのかもしれないけど、ここには普通なお客様は滅多に来ない。


「当店では、お客様の悩みをお代にしております」


「悩み、ですか。 ちょうどいいです」


 訳アリらしい。


「お飲み物どうされますか?」


「お茶を」


 最近お茶はトレンドなのだろうか。お酒が出なくて困っているのだが。


 静かに一口お茶を飲んで彼女は喋りだした。


「私、アイドルなんです」


 しまった。浮世離れしすぎてこの人が誰なのかわからない。結構有名な人だったらどうしよう。


「すいません、勉強不足で。 お名前聞かせてもらっても?」


 変に知ったかぶるより、知らないと言った方がいい気がして尋ねてしまった。プレミだろうか。


「九条 舞香です」


 知らん。ぜんっぜん知らん。若く見えるから最近の子だろう。


「九条さんですか。 では悩みを聞かせていただきましょう」


「最近はどこに行くにも自由が無くて、こんな森の中にしか居場所が無い気がして」


 有名人特有の悩みだった。常に屋根のある生活。自分で傘を持つことすら減るような世界だ。

 華々しいのは事実だろう。その分深い闇に覆われているのも、また事実。


「なるほど。 自由が無いなんて耐え難いですね」


「わかってくれますか?」


「ええ。 私も決して自由じゃありません」


 こんな場所にバーを構えておいて、自由じゃないなんて怒られそうだが、事実だ。


「あなたのお話も聞いてみたいですね」


 こんなことは何度も言われてきた。でも話してこなかった。面白くないからとか、理由は沢山あるけど。


「近いうちに」


「楽しみにしてますね。 マスター」


 少し照れくさい。この子はモテる。そう思った瞬間でもあった。


「話を戻しましょう」


 九条さんの悩みに話を戻す。


「楽しいんです。 仕事は好きだし、スタッフもいい人たちばかりで」


 嬉しそうに話す彼女の言葉には、きっと嘘は無い。


「でも、SNSとかそういうものでは受け入れてくれない人たちもいて、一人になれる時間なんてほとんど無いからストレスが溜まる一方で」


 疲れから来る愚痴だろう。マネージャーは頑張れとしか言ってくれないのかもしれない。こういう愚痴は、他人にしか言えないものだったりもする。

 早口でまくしたてるように言葉を並べる彼女に、ゆっくりと言葉を返していく。


「私自身とても羨ましいんですけどね。 光の当たる世界にいられること自体が」


 本音がこぼれる。


「人前に立ち、求められるなんて人として誇らしいですよ」


 無理に褒めているわけじゃなく、本当にそう思う。


「初めて感じた感性は大切にすべきですよ。 あなたがその世界に憧れたなら、あとは覚悟を決めるだけじゃないですか」


「ありがとうございます、マスター。 少し軽くなった気がします」


 お茶を飲み干した彼女は立ち上がって、帰る準備を整えた後言った。


「また、来てもいいですか?」


「もちろん、お待ちしております」


「あ、そういえばマスターのお名前聞いてなかったですね」


「私、ピエロ川陽一朗と申します」




 今日もまた、ピエロは笑う。

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