第4話
思い出が全て、美しいとは限らない。人間である以上逃れられないものも存在していて、その全てとの向き合い方に悩み続ける。それが人生というもの。
落としたティーカップを片付けながら、言った。
「彼に会いましたか」
そう問いかけるしかなかった。
「いったい誰なんです?」
「今はまだ」
逃げの一手に泣きつくしかない。この先、何が起こるかもわからない。今、全てを話しても意味は無い。むしろ知らない方が月夜さんは安全だろう。
「わかりました、また今度教えてください」
月夜さんは笑いながらそう言ってくれた。帰っていく姿を見届けたあと、すぐにアカリの元へ行った。
「聞こえてた?」
「多少はね。 三上がここに来るかも?」
「まだ可能性だよ。 でも時間の問題でもある」
三上 透、古い知り合いで怨敵、そんな感じだ。俺たちがこうしてここにいる理由も少なからずあいつに責任がある。
「三上は」
その先は、言うか迷った。アカリじゃなければ言うことはなかっただろう。でもここにいるのは、生涯の恋人。きちんと言っておくべきだ。
「俺が、殺すよ」
もう躊躇いは無い。迷えるほど選択肢も無い。残せるものも、残されたものすらも、俺たちには数える程しかない。
「やめて」
普段とは違うトーンのアカリの声が響いた。
「いくら三上とはいえ、人を殺した恋人を私は誇れない」
「誇れない恋人でいいさ、俺は」
怒りと焦り、入り交じる感情は、鍋の具材のように煮えたぎっている。
「落ち着きなよ。 三上を殺したって何にもならないよ。 それに」
打って変わって明るい表情のアカリは言う。
「私はこの生活も好きなんだ。 ハルと二人、ずーっと一緒にいられるこの生活が」
「本当に、敵わないな。 君には」
救われてしまった、彼女の優しさに。俺の手を汚さず、その上で罪悪感すらも消し去ろうとしてくれている。
死んで残せるものをひとつ選べるなら、彼女に平穏な日々を残したい。それが数少ない望みだった。
「さ、お買い物いこ」
「え? 何買うの?」
「さっきティーカップ落としたでしょ。 買いに行かないと」
彼女は俺を連れ出してくれる。太陽の下へ。
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