第3話
全ての答えがここにあるわけじゃない。でも、出来るならここに来る人達全員の悩みに、答えを与えていたい。
きっとそれは果てしないエゴなんだろう。求められていないとしても、それもまた一興と思えればいい。
ピエロは、それでいい。
あの子が来てから数日が経った。あれ以来来ていない。そもそも客が来てないのだけど。
「何もなけりゃいいけど」
大きな独り言だ。
そんな時、静かにドアが開いた。
「どうも」
あの子だった。
「いらっしゃいませ。 お久しぶりです」
「覚えててくれたんですか?」
「お客様が多くは無いので」
笑いながら答えた。客が少ないのは事実だし。
「失礼ですが、お名前を伺っても?」
「月夜です。 中村月夜」
「月、夜」
一瞬、止まってしまった。
「どうかしました?」
「いえ、大丈夫です」
平静を保ちながら会話を続ける。この世界の不思議さに戸惑ってしまった。
「本日は何を飲まれますか」
「相変わらずお茶で」
「かしこまりました。 本日はどういったお悩みを?」
「あなたの事をもっと知りたい、なんて悩みでどうでしょう」
手が止まった。だが悟られないように、直ぐに動き出す。
全てを話すには浅い関係だ。いずれ、話すこともあるだろうと、ただそう思っていたかった。
「お茶一杯で教えれる範囲なら」
お茶だけにかなり濁してみた。
「それで十分です」
「では、まず何を聞きたいですか?」
お茶を置いて、問う。
「あなたの、正体」
「この世界にいないようで、いる。 陽の当たる世界では生きられない、そんな人間と言っておきましょう」
「もっと簡単にお願いします」
ちょっと怒り気味だ。
「私は元々、SR社という会社で働いていました。 お名前くらいは?」
「もちろん聞いたことあります。 有名なおもちゃメーカーですよね」
国内最大手と言えるくらいの子供用おもちゃメーカーだ。
「でも、あそこの社長、一年くらい前に変わったとニュースで見ました」
「そう、社長が変わってからやはり上手くいかず、今は国内最大手とまではいかなくなってしまいました」
「大変ですね」
「私はその頃には会社の人間ではありませんでしたので特に何も無かったのです。 でも」
続きを言うか悩んだ。いつか話すなら今でもいいのかもしれない、そう思って言葉を絞り出す。
「あの社長を追い出したのは、私たちでした」
まだ錆び付いてはいない思い出を引き出した。
「どういう、意味ですか」
月夜さんは戸惑っている。それもそのはずだった。理解は、まだしなくていい。
「今教えられるのは、ここまでです」
だから彼女にはこれ以上を話さない。
荷物をまとめて帰る支度を終えた月夜さんが、ゆっくり振り返って尋ねてきた。
「最後に聞かせてください」
「どうぞ」
「左目に傷のある男性が、陽一朗と名乗る男を探していました。 ご存知ですか?」
思わずティーカップを落としてしまった。
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