第2話

 俺はピエロ。人を楽しませる道化。そうであればいいと、今もこうしてバーを続けている。


「おはよう」


 月の妖怪の二階は俺たちの家だ。


「おはよう、アカリ」


 恋人のアカリに朝の挨拶を返す。長く連れ添ってくれた恋人だ。最早彼女はそうするしか無い、と言うのも事実ではあるが。


「昨日ね、久しぶりにお客さんが来たんだよ」


「珍しいね。 どんな人だった?」


 微笑みながら聞いてくる。アカリの嬉しそうな顔が好きだ。


「普通の女の子。 こんなとこになんの用で来てるんだろうね」


 正直、昨日は驚いた。こんな辺鄙な場所に来るような子には見えなかった。

 森の中にバーを構えた意味は特になかったが、理由を付けるなら最後に立ち寄る場所であればいい。そんな程度だ。

 こんな場所に来る人間は、決まって自殺しようとする人間だ。実際、構えて一年。もう既に四人の客の死体を見ている。





「みんな、幸せでいられたらいいのにね」


 呟くようにアカリは言った。


「そうだね」


 呟くように返した。


「よし。 今日もお客さん来るかなー」


 話を切り上げるように、そう言ってみた。


「今日は私も降りよ」


「ゆっくりしてていいんだよ?」


「たまにはね」


 たまにこうして手伝いに降りてくれる。


「行こ。 ハル」


 こうして俺の本名を呼ぶアカリが、何よりも愛おしい。




 でも、やはりあの子のことが気にかかる。異性として云々ではなく、ここに何をしに来たのか。

 まれに散歩がてらこの付近を通る人はいる。あの子もそうであると願って、今日もここで客を待つ。





 くしゃみが出た。


 営業の関係で、あのバーの近くを通っていた月夜は会社への帰り道、ふと声をかけられた。


「すいません」


 およそ元気とは思えない声色。思わず身構えてしまう。


 左目に傷のある男性がそこには立っていた。


「なんでしょう」


 人当たりよく答える。


「藤堂 ハルという男を知りませんか?」


「知らないです」


「なら、鈴ケ峰 陽一朗という男は?」


 矢継ぎ早に聞いてくる。


 あのピエロと名乗っていたマスターも陽一朗と言っていた。偶然なのか。


「ちょっとわからないです。 ごめんなさい」


 迷ったけど、知らないふりをしておいた。


「そうですか。 ありがとうございます」


 見た目に反して、礼儀正しい姿に驚きつつ、話し終えたので歩を進める。







「やっぱここらにいたか」


 二歩ほど進んだところで、そう聞こえた。

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