ピエロ

赤いピアス

第1話

 生きている間に、どれ程のものを与えられ、失っていくのか。数える意味は無く、答えはある。答えは無い、という答えが。




    

 歩いていた。中村月夜は、真昼なのにただ暗い裏道を歩いていた。

 昔から目的のない散歩が趣味だった。同じ街でも通ったことの無い道なんて沢山あって、それを制覇していく感覚が好きだった。

 赤いロングカーディガンと、茶色に染めた長髪を揺らしながら歩き続けている。そんな小さな旅の最中、ふと目に付く建物があった。


 裏道を外れた、森の入口とでも言うべきか。そんな場所に小さな建物があった。近くへ行くとそこには【バー 月の妖怪】と書かれていた。


 興味が全てを支配する。私はそんな風に考えている。あとは興味に委ねるだけ。背中を押されるように、ゆっくり扉に手をかけた。


 これからの私の運命を、少しだけ変える瞬間だった。



「いらっしゃいませ」


 優しい声色が響く。そこには恐らくマスターであろう男性がいた。


「そちらの席へ」


 続けざま彼は言った。


 正直言うと、お酒を飲む気は無い。飲めない訳じゃないがお昼からお酒はしんどい。バーに入っておいてそれもまたいかがなものかとは思うけど。


「失礼します」


 とりあえずそう言って席に座った。


「何を飲まれますか」


「お茶をください」


 イメージに容易いバーだった。ありふれている故に思い出しにくい、そんな感じ。


「当店では、代金の代わりにお客様の悩みを聞くシステムになっております」


 また珍しいことを言う。


「タダでいいんですか?」


「お悩みさえあれば」


 不思議だった。でも居心地はいい。物腰も柔らかく、嫌気のない空間と人物。確かに悩みを相談するにはうってつけの相手だ。


「悩みがないことが悩みですかね」


 悪戯心が働いた。難しいお題を与えてみた。


「意外といらっしゃいますね。 そういった方は」


「いいことなんですかね」


「迷いなく歩めている証拠だと思いますよ。 時に迷うことも遠回りすることも大事ではありますが、 タイミングが違うと無駄足ですからね。 今はお客様にとって遠回りのタイミングじゃない、そんな所でしょうか」


「なるほど。 しかるべき時が来たら、遠回りも必要ってことですか」


「ええ」


 会話のラリーを交わしながら彼はお茶を出してくれた。


「ありがとうございます」


 一口飲んだのを見て、彼は言った。


「申し遅れました。 私、このバーでマスターをやっております。 ピエロ川陽一朗と申します」


「失礼ですが変わった名前ですね」


「もちろん本名ではございません。 気軽にピエロとお呼びください」


 ほんの少し微笑んで彼は言った。その笑顔に、何か暗いものを感じさせながら。


 こうして私と彼は出会ったのだった。

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