第19話 いざ話し合い!
三好さんとの面会の日がやってきた。
私はちょっと小綺麗な格好をして、待ち合わせのカフェの前に立つ。
時間まであと15分。
価値観チェックシートは、いくつかの価値観を除いて、おおむね差異は少なかった。今日は真逆とも取れる価値観を、どこまですり合わせ、どちらがどれだけ譲歩するかを確認する。ここのすり合わせをしないと、経験的に絶対揉める。
真逆の価値観のいくつか。
毎朝、同じ時間に起きるか。
朝食はとるか。
毎日3食コンビニ飯でもいいか。
自炊はするか。
リビングは共有だから、自分の趣味のものを置いてもいいと思っているか。
などなど。
三好さんは起床は不規則で朝食をあまり取らず、毎日コンビニ飯で構わず、自炊は苦手で、共有する場所に自分の私物を置いてもいいと思っている、と回答してきた。
私は毎朝休日でも同じ時間に起きるし、朝食は少量でも食べたい派だし、3食コンビニ飯は料理下手でもごめんな方だし(忙しいときは仕方なく買うが、なるべく自炊したい)、リビングには2人で選んだものを置きたい。
そこのところを、どうやって解決していくか。ここから長期戦の始まりである。
大学時代の友人は、結婚相手として前途有望そうな男子を捕まえて、「理想の男を探すんじゃなくて、理想の男に今から育てるの。結婚までにどこまで調教できるかがキモよ」と言って、その彼と結婚して現在二児の母である。旦那は予測通り、超有名企業に入って、帰りこそ遅いが、休日は家事をすすんで手伝う良き夫となっているらしい。
三好さんは一人暮らしっぽいが、この様子を見ると家事は得意ではないらしい。私はここから三好さんを家事メンに育てなければならない。恋人と共働きで女にだけ家事の負担がかかるのはホントしんどかったので、ここは絶対諦めない。
「お待たせしました。……って、何か怒ってます?」
闘志に燃える私を見て、三好さんは若干引いた。
「怒っていません。気合いを入れていたんです。じゃあ入りましょうか」
私は笑顔を作って三好さんを迎えた。
第一ラウンド、開始である。
クリームの乗ったウインナーコーヒーが目の前に置かれてから、私は口を開いた。
「このたびは、お忙しい中、価値観シートのご記入ありがとうございました。見たところいくつかの価値観以外はおおむね差異はなかったので、お付き合いしても大丈夫かな、と思っています」
「じゃあ」
ぱっと明るい顔をした三好さんの言葉を私は止めた。こういうところは可愛いんだよな。
「ただし、結婚となると、確実にすり合わせしなければならない点がいくつかありました。今日はそのところをお互いどこまで譲歩できるかを話し合いたいと思います」
まるで学級会だな、と我ながら思ったが、これも将来のため。頑張ってね三好さん。
「まずは起床時間についてですが、毎朝同じ時間に起きないのは何か理由があるのですか?」
三好さんはちょっと目を泳がせつつ、
「前の夜晩酌したりゲームして夜更かしすると翌朝遅くなって…」
と言った。学生か。
「規則正しい生活は健康の大前提です。起床時間がまちまちだから、朝食もとったりとらなかったりしているんですか?」
「まぁ、そうですね。ギリギリまで寝て、慌てて会社に行ったりしてますね」
「会社で朝食をとるとかは」
「いや、もう朝礼ギリギリなんで食べられません」
2度言うけど、学生か。あなた社長だろう。
「私は毎朝6時には起きて朝食をとってから会社に向かいます。洗い物は食洗機任せですけど、トーストとヨーグルト、ナッツ類は最低でも食べていきます。休日などで時間があればホットサンドも作りますし、ご飯に味噌汁という日もあります。お昼はお弁当を作ったり買ったりもしますが、自炊メインなので、お弁当もほとんど手作りで、入稿で忙しいときなどにたまに夕飯がコンビニ弁当になることがありますけど」
「すごいですね。規則正しく起きて3食とって。コンビニ弁当は嫌いですか?」
最近のコンビニ弁当もずいぶん進化したんですよ、とのほほんと言う三好さんに、私はこめかみを抑えた。
「私と結婚するとなったら、三好さんも6時起きで、ごはんの手伝いをしてもらうつもりなんですけどね。三好さんが朝ごはん、私がお弁当担当とか、分担するつもりですけど、他人事みたいに言わないでくださいね。あとコンビニ弁当は1人分なら安いですけど、2人分だと作る方が安上がりですから」
えっ、と三好さんが意外そうな反応をする。これは女子に家事を押し付ける典型的男子だ。
「もしかして夫婦共働きで私の収入の方が低いから、私が家事を担当するのが当たり前とか言うつもりですか?」
「いやッ、そんなことありません、手伝えることは手伝いますけど、僕、家事はあまり得意じゃなくて」
「『手伝い』じゃなくて『分担』です。料理だったら材料の買い出しから後片付けまで、洗濯だったら、手洗いのものは手洗いして洗濯物をたたむまで、しっかりがっちり責任を持ってやってもらいますからね」
「そんなに?」
「もちろん全部1人でやれとは言いません。ただ、私の手伝いではなく、私たちの共同作業と言う意味で分担してもらいますから」
一応、得意不得意は考えておきますけど、と私は一気にまくし立ててウインナーコーヒーを飲んだ。
三好さんは私の剣幕に押されて動揺している。家事を任されるのがよほど意外だったのだろう。腹立つなぁ。
「家事の分担がご不満でしたら、この話は無かったことにしてもいいですけど?」
どうせおひとり様人生を歩むつもりだったし。
「いや、そんなことはないです。ただ、慣れないことで片野さんに迷惑がかかるんじゃと思って」
「私だって最初は失敗だらけでしたよ。何も最初から完璧を求めているわけじゃないんです。仕事じゃないんですからね。もちろん、家事の先輩としてフォローはしますけど、ゆくゆくはお一人である程度なんでもできるようになってもらいますから」
老後とか、私が認知症になったり歩けなくなったりしたときに役に立ちますよ、と言い放つ。
「老後……」
私よりいくつか若い三好さんは、そこまで頭が回っていなかったのか、呆然としている。
「それだけ三好さんとの将来のことを真剣に考えている証だと思ってください。そして三好さんは、私のことをどれだけ想っているかのバロメーター、本気度だと思ってください」
まずは、規則正しい生活からだな。
「これから私、6時になったら三好さんにモーニングコールを毎日かけます。それで起きられる日が3ヶ月続いたら、次に私の家で料理のレッスンです。お米の炊き方から、買い物の仕方まできっちり教えますからね。洗濯は全自動なので手洗いと洗濯物のたたみ方とアイロンがけを。掃除はお掃除ロボットがやってくれますけど、窓とか桟とかのお掃除方法を教えます。それができて晴れて両親に結婚の報告ですかね」
そうそう、リビングの使い方も伝えなければ。ふと三好さんに目をやると、コーヒーカップを覗き込むかのように俯いている。
言いすぎたかなぁ。でも譲れないもんね。
「三好さん、大丈夫ですか?」
「すみませんでした」
「え?」
「その、お付き合いとか結婚とかを軽々しく口にしてすみませんでした。そうですよね、1人でマイペースに暮らしていた2人が一緒になるだけじゃなくて、価値観の違いとか、家事分担とか、それぞれの生活習慣とか、歩み寄らなきゃいけなかったんですよね。僕が片野さんの生活に入り込んで、そのまま片野さんが今まで通りになんでもやってくれるってどこかで期待していた自分がいて、めちゃくちゃ恥ずかしいです」
そう言うと、三好さんは冷めかけたウインナーコーヒーを一気に飲み干して、
「改めて結婚を前提にお付き合いをお願いします。僕も片野さんに釣り合うような人間になってみせます」
三好さんは深々と私に頭を下げた。
「ええと、じゃあさっきの条件は」
「やります。片野さんからのモーニングコールでちゃんと起きます。朝食もパンから始めて毎食食べます。弁当はまだできませんが、料理の本を買って自炊も始めます。よろしくお願いします」
わぁ、本気だ。いや、本気になってもらわないと困るんだけどね。
「まぁ、あんまり気合い入れすぎると疲れちゃうから、ほどほどに始めてくださいね」
「はい」
三好さんは頬を上気させて私の手を取った。
「半年後には、必ず片野さんの理想のパートナーになってみせます」
真剣な眼差しで三好さんは私を見つめた。
やばい。ちょっとカッコいいかも。
こうして、三好さんのパートナー教育が始まった。
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