第17話 プロポーズ〜三好サイドの話〜
勢いでプロポーズしてしまってはや数日。
我ながら軽率だったと後悔している。
あの後家で頭を抱えてのたうち回り、壁に肘をしたたか打って悶絶した記憶は新しい。
「シャッチョ、顔色悪いですけどなんかあったんスか?」
「このところ元気ありませんよね、何か心配事でも?」
出社すれば社員に心配される社長。情けなすぎる。そして隠し事ができない性質の俺は、つい事実を述べてしまった。
「いや……。お客に告白からプロポーズのコンボを決めてしまって……」
「「「は?」」」
社員全員の視線が俺に注がれる。
「お客から、じゃなくて社長からですか?」
「うん」
「まだ付き合ってもないのに?」
「うん」
「あー、わかった、片野さんスね。林さんちに入ったアラサーの」
「……うん」
「「「何してるんすか」」」
はい、ごもっとも。
初めて会った時から、好みだとは思っていた。
自立した、労働意欲ある朗らかな人物。
今まで付き合ってきた「社長の奥さんなら働かなくていい」オーラを出してきていた、依存を前提とした女性とは異なった存在。
というか多分、男が必要ない女性なんだろうな。
おひとり様を謳歌したい。
そのためにあの家を買ったのだろうし、職だってこの地に根付いたものを選んだ。憧れの鎌倉の地で、第二の人生と言っては大袈裟だろうが、心機一転生まれ変わって生きていこうという気概が伝わってきた。
そういう女性に俺は弱い。
やれスレートの吹き替えだ点検だ雨どいの修理だと相談されることをいいことに、彼女に会えるのを楽しみにしている自分がいた。
もっと会えるにはどうしたらいいか。
いつの間にか、そんなことを考えるようになっていた。
そんな折に、ストーカー騒ぎが起きた。聞けば随分前から粘着されていたようで、俺が知ったときにはすでに事件は解決されていた。騒ぎが起きている最中も、彼女と会っていたが、そんなことは一言も言っていなかった。まぁ、工務店の人間に相談したところでなんの役にも立たなかっただろうし、こういう話は警察などプロに任せる方がいいに決まっているのだが。
断った見合い相手からストーカー行為をされたことがある身としては、自分も何かしらのアドバイスができたと思っている。
だから、事後報告を受けて俺は少し拗ねた。付きまといだとか待ち伏せだとか、会社に突然来訪されたりしたことなど、自分の経験も語りたかったのもある。
なのに俺は、彼女が危機に陥っているときに何もできなかったこと、相談できる相手でもないと思われていたことに腹が立って、つい嫌味を言ってしまった。ストーカー被害に遭っているのに、お気楽人生を歩んでいると。
案の定、彼女は気分を損ねた。しまった。誠心誠意謝って、その後もメールで改めて謝罪を言い、お詫びに隠れ家的な喫茶店を案内することに話をこぎつけた。転んでもタダでは起きない。それが我が家での家訓であった。
これで彼女の機嫌が直って、いい感じに話を持っていけたら、と思っていた矢先。
「三好さんがもし、彼女に喫茶店でプロポーズするとなったら、どんなセリフを言いますか?」
今現在付き合いたい女性ナンバーワンに、こんな言葉をかけられた俺の心境と言ったら。
まぁ、施工会社の社長とお客さんの関係だけれども。数少ない話しやすい異性なんだろうけども。
俺に聞くか。
これでは「あなたはパートナー候補として見ていないし、恋人枠でもなんでもない人ですよ」と明言されているようなものだ。
ならば意識させてやろうじゃないか。
俺はなけなしの勇気を振り絞って告白を始めた。さすがの彼女も驚き慌てふためいている。ええい、告白ついでだ、プロポーズもしてしまえ。
混乱して動揺している彼女の外堀をじわじわと埋めていく。家持ちだろうと年上だろうとアラサーだろうとかまわない。そうアピールして詰め寄る。
「ええええええと、お返事は後日でもよろしいでしょうか? 今大混乱してて冷静な判断ができそうにないので」
慌てふためいた彼女も可愛らしい。
もちろん、と返して、俺は余裕のある男を演じながらその場を後にした。
演じて家に帰って冒頭に戻る。
後悔先に立たず。
もっと早く告白していればよかった。
からかって遊んでないで、もっと真剣なところも見せればよかった。社内恋愛も客との恋愛も(相手が独身に限るが)、オッケーな社風は親父の代からだが、まさか自分が客との恋に落ちるとは思わなかった。
そんなふうにグズグズやさぐれていたら、彼女からメールが来た。慌てて起き上がり、ベッドに正座をしてメールを開く。
『三好さんへ
気持ちを伝えてくださってありがとうございます。
急なことで驚きましたが、私も真剣に受け止めて、まずはしっかりお付き合いから始めたいと思っています。
そこで、お互いの考えや価値感のギャップを埋めるべく、価値観チェック表を作りました。
そのチェック表をもとに、どちらがどこまで譲歩するか、譲れないときはどうするか話し合えたらいいと思っています。
今度お会いするときまでにご記入いただけると嬉しいです。
よろしくお願い申し上げます。
片野栞織』
という文面と共に、結構な容量の添付ファイルがくっついていた。
ファイルを開いてみると、日々の習慣や日常についてどう思うかを問う項目がずらりと並んでいた。
これ全部答えるのか。っていうかこの数日でこの量のデータを作るあたり、作家の熱量というのは恐ろしい。また、彼女が先に答えていることに左右されないようにか、A列からD列まで非表示にされている。これ、見ながらやったら怒るんだろうな。見ないで答えてくれる、という風に信じてもらっているのだろうなということは少し嬉しかった。
仕事の合間、帰宅後、隙間時間に少しずつ回答していく。やはりというかあの家をどうするかを問うものもあった。俺は今、1DKのマンションに住んでいる。もし彼女と2人で暮らすことになっても完全に手狭だし、あの家は客間として一部屋空いているはずなので、そこに転がり込んでもいい気がする。
施工は楽しいが、俺自身には家の内装などにあまりこだわりはない。彼女が気に入っている家ならば、そこに厄介になるくらい抵抗はない。ときおり「家は男が持つもの」という客もいて、パートナーの意見をガン無視して話を進める客もいるが、俺はそこまでプライドというか矜持を持っていないし、相手がいいと言ってくれるなら、そこに住んでもかまわないと思っている。もちろん、家のローンは俺も払うのは確定だが。
つらつらと考えながら答えていたら1週間が過ぎていた。おっと、これ以上時間をかけたら向こうも心配になるだろうな。
俺は全て回答したファイルを添付して、できるだけ好印象を与えるような文面を考えて返信した。ついでにいつ会うかの日程の候補も添えて。
あとは野となれ山となれだ。
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