第16話 お互いの価値観って大事でしょ?
「プロポーズのネタ探してたらマジのプロポーズされた?」
「そう〜」
とある水曜日。今日は消化しきれない有給を使って、お店が定休日である定食屋の加藤の舞ちゃんが家に来て一緒に料理をする日だ。
焼きキャベツに、マッシュポテトとひき肉入りのコロッケ、トマトとモッツァレラチーズにエクストラバージンオイルのかかったサラダ、枝豆に、ピリ辛味のひじき煮、アスパラの肉巻き、揚げ出し豆腐と、和洋盛りだくさんのおかずが次々とできていく。
私は舞ちゃんと台所に立って、舞ちゃんの指示通りに動く機械と化していたが、プロの隣で邪魔をしているだけな気がする。舞ちゃんが1人でやった方が早くない? と思っているが、
「料理は好きな人とするとすごく楽しいよ」
というお言葉を、おうち料理開始初日に笑顔で頂戴してしまったので、まぁどうにか隣に立っていますが。
「それ、栞織ちゃんは彼の好意とか全く気づかなかったの? 今まで何回か顔合わせているんでしょ?」
「いや、人懐こい人だなとは思っていたけど、年下だし、つれかまが本になってからはずっとつれかまネタでいじってくるし」
「年下はともかく、行動は好きな子にする男子のそれじゃないの。栞織ちゃん案外鈍いんだね」
「いやー、あれは分かんないよ? 仕事の話がメインだし、素を出すの一瞬だし」
だいたい私の理想はイケメンスパダリなのだ。人懐こい仔犬系は可愛いとは思うけど、年下として甘えられまくられるのも御免である。私は恋愛はお互い対等でいるべきだと思っている。
「でも小さいながらも会社の社長なんでしょ? 業績だって悪くないなら、いい条件の人だと思うけどなぁ」
炊飯器に入っている五目ご飯をかき回しながら、舞ちゃんは呟いた。
「だって社長夫人として公の場に出ることだってあるかもしれないじゃん。それってウザくない?」
「今どきそんなパーティーやらないってば。平気平気。もしあったとしても栞織ちゃん美人系だし、ビシッと決められるって」
「うーん、好みとしては海老原さんなんだけどな」
「海老原さん恋人いるって」
「やっぱりぃ?」
あんないい人、他の人がほっとかないよね。相手はどんな人だろう。
「その三好さんて人じゃダメなの?」
「いい人なんだけどさー。私年上と付き合いたかったなーって」
「アラサー女子が何贅沢言ってるの。まだまだ女はクリスマスケーキって言われてるんだから、ご縁があるだけありがたいと思わなきゃ」
「でも向こうもアラサーまで結婚してないって何かあるんじゃないかしらって思っちゃうのよね。酒癖が悪いとか、DVとか」
私はワインとワイングラスを持ってテーブルに置く。テーブルの上には昼食にしては豪華すぎる料理が所狭しと並んでいる。夕飯はお茶漬けだな。
「それはお互い様でしょう? 仕事中毒で婚期逃してるとか、栞織ちゃんだって向こうの家族とかにあれこれ言われてるかもしれないじゃない」
「とりあえず、結婚は保留で、きちんとお付き合いしてからかなぁ。いきなりプロポーズはびっくりしたけど、まずはお互いを知って、価値観の違いをどう埋めるか考えていかないと」
「なんだ前向きじゃない」
「向こうが真剣なのは分かったから、こっちもガチで向き合わないと失礼でしょ? どこまで価値観の違いを許せるか、譲歩できるか、その辺話し合って、良しと思ったら結婚してもいいかなって」
ふぅん、と舞ちゃんはニヤニヤして、席についた。私はワインを開けて、舞ちゃんのグラスに並々と注ぐ。ちょうど10歳年下の彼女は酒豪なのだ。
「舞ちゃんの方はどうなのよ。舞ちゃん目当てのお客さんだっているでしょ?」
「いるけどね〜。私、もう結婚してるし」
「うっそ」
「ほんと。学生結婚。向こうは一個上の先輩で今シンガポールに出張中。10年でお給料の一部を投資で増やしてアーリーリタイヤしたらお店を手伝ってもらう予定」
ほえええええ。確か舞ちゃんは超有名一流大学だったはず。そんな経歴の持ち主が、鎌倉で人気の定食屋を営んでいる。人生何があるかわからないわよね。
私と舞ちゃんは乾杯をしてランチを食べ始めた。あんのたっぷりかかった揚げ出し豆腐を口へ運ぶ。うん、美味。
「それで、いつ返事するの?」
「ん〜、しばらく会わないからメールかなって」
「まぁそうなるよね。電話だと照れくさいし」
「舞ちゃんのときはどんなだったの?」
「いいなぁって思って連絡先交換してデートして3ヶ月後くらいかな。デート中に一緒に住まない? って言われて」
「お互いよく知らないまま同棲したの?」
「うん、だからケンカって言うか栞織ちゃんの言う価値観のギャップで何度か揉めたね〜。家出だって何回かしたし」
「それでも結婚したんだ」
「うん。価値観違ってもお互い好き合ってたし、ケンカのたびに話し合ってちょっとずつ歩み寄っていったからね」
へぇ〜。舞ちゃんも苦労したんだな。さて、私はどうなるかな。
私は五目ご飯を口に入れた。おこげがカリッとして、ほろ苦い味がした。
がっつり3時間、食事とお酒を味わった後、私は一人、パソコンの前へ座った。とりあえず、私が良しと思うこと、嫌だと思うこと、考え方、あれこれに対してどう思っているかを主に◯△×方式で打ち出していこうと思ったからだ。
可視化された方がわかりやすいだろうし、印刷された方がすぐ手に取れていいもんね。あれ? ちょっと重いヒトになってるかしら? まぁいいや。このほろ酔いの勢いでどんどん打っていこう。
お風呂は毎日入るか。
毎日入るならシャワーか湯船か。
一番風呂がいいか。
入浴剤は入れるか。
入浴剤を入れるとしたら何を入れるか。
バスタオルは毎日洗うか。
フェイスタオルは何枚使うか。
決まったシャンプー剤等を使っているか。
そのとき1番安いシャンプー剤等を使っているか。
足拭きマットはどの頻度で洗濯するか。
歯磨きは入浴中に行うか。
などなど。
つらつらと書いていたら、とっぷり日が暮れてしまった。時間が経つの早いなぁ。
私はぱたぱたと雨戸を閉めたりお風呂の準備をしたり、明日の着替えなどをベッド脇にかけておいて、軽い夕飯を取った。舞ちゃん特製の鮭茶漬けである。しっかり焼いた鮭をほぐして、海苔とあられと白胡麻と乾燥ネギ、しらす干しに桜エビが入った一品である。美味。美味しいものは人を幸せにするよね。
気になる人とも幸せになれるといいんだけど。
私はずらりと自分の価値観の並んだ表を見つめた。あらかた書けたから、返事と一緒に送るとしますか。
『三好さんへ
気持ちを伝えてくださってありがとうございます。
急なことで驚きましたが、私も真剣に受け止めて、まずはしっかりお付き合いから始めたいと思っています。
そこで、お互いの考えや価値感のギャップを埋めるべく、価値観チェック表を作りました。
そのチェック表をもとに、どちらがどこまで譲歩するか、譲れないときはどうするか話し合えたらいいと思っています。
今度お会いするときまでにご記入いただけると嬉しいです。
よろしくお願い申し上げます。
片野栞織』
ぽーん。
データを添付してメールを送信。これで良し。あー今日はなんか働いたわー。お風呂入って寝よう。
翌朝。
若干の二日酔いの頭を抱えて私は昨日のメールを読み返して遠い目をした。何このチェックの分量。趣味嗜好私生活全部教えてって言ってる挙句にこの量! 何項目あるのよ。三好さんだって暇じゃないんだからある程度絞って送るべきだった。そうじゃない、これドン引きされる内容だって入ってるじゃん。
と言うかお酒飲んだ勢いで作るんじゃなかった。これじゃ重すぎる……。
後悔先に立たず。
そんな先人の言葉が頭をよぎった。
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