第15話 喫茶店でプロポーズ

「喫茶店でプロポーズ?」

「はい。三好さんだったらどう言うのかなって思いまして」


この間の詫びをしたいから、と言われて、私は三好さんと一緒に、極楽寺駅にあるレトロな喫茶店に入っていた。

今日は三好さんの奢りなので好きなものを選んでいいのである。なんだかいつも奢ってもらってる気がするが、それはまぁ置いておいて。


来たかったんだよねーこのお店!


極楽寺の住宅地の入り組んだ細道の奥にあり、鎌倉の他にある喫茶店よりは少々価格がお高く設定されている。そして、つれかまでもミニコミ誌でも、取材お断りで、地図はおろかサイトさえ無い、まさに知る人ぞ知る今どき珍しいミステリアスな店だと田所さんたちと噂しあっていたお店である。

そんな所に三好さんが行こうと誘ってくれた。


なんでも内装を少々手伝った関係でオーナー兼店長と知り合いらしい。いいなぁ伝手とコネと人脈。全部同じか。


焦茶色の木目の美しいテーブルとカウンター、壁にはフランスかな? 人々が花を売ったり、バスを待ったりと、日常生活を撮ったモノクロの写真が数枚シンプルな額に収められて飾られている。ジュークボックスでクラシックやジャズが流れて、いかにも純喫茶という印象だ。


コーヒーは各地の豆を揃えていてサイフォン式で提供。お手製というフィナンシェとマドレーヌとクッキーの焼き菓子セットと、日替わりケーキが2種類のみ。これがめちゃくちゃ美味しい。平日の早めの時間を狙ってきたのに、鎌倉カフェめぐりに来たのであろう若いお嬢さんや、ご近所っぽい年配のご婦人で席はほぼ埋まっていた。セットだとコーヒーは店長にお任せになるのだが、ケーキやクッキーも美味しさを引き立たせるような、それに合わせたコーヒーのチョイスが絶妙だ。


私と三好さんはカウンター席に案内され、隣同士でメニューとにらめっこをした。数は少ないけど、ケーキは日替わりなんだよね。今日はシフォンケーキとオペラかぁ。どっちも美味しそう。

しばしメニューと格闘した結果、私はシフォンケーキ単品と、焼き菓子セットを注文して、三好さんはオペラのセットを頼んだ。プレーンなシフォンケーキはふわふわで、クリームも甘すぎずくどすぎず、ケーキの柔らかい甘さとマッチしていて、口の中でとろけるようだった。焼き菓子セットは小ぶりなフィナンシェとマドレーヌとクッキーがふたつずつ、これまたビンテージのお皿に盛られていて、ほのかな甘みに、コーヒーの苦味がまたお互いを引き立たせて、もっと味わいたいと思う逸品だった。


「またなんでそんな突飛な話を?」

三好さんが、砂糖もミルクも入れていないコーヒーをかき回しながら私に尋ねてきた。おっと、話を端折りすぎたわね。お砂糖入れないのかしら? いつもは角砂糖3つ分くらい入れるのに。


「今、小説を書いていて、最終回で主人公が喫茶店で出会って付き合っている男性から、プロポーズを喫茶店で受けるってシーンがあって。そのセリフがいいのが出てこないんですよ」

「それ、他の人にも聞いたんですか?」

「ええと、海老原さんと、元同僚の人に」

「彼らは何と答えたんですか?」

「ありきたりなセリフを言われましたね。『これからも、今のように2人でカフェめぐりをしたいので、一緒に暮らしませんか?』とか。あと親しい男友達には言わないようにって。そういうもんなんですか?」

三好さんは食べ終えたお皿を避けてテーブルに突っ伏した。えっなに、私何か変なこと言った?


「僕に訊いた理由はなんですか?」

「あー、海老原さん達よりは遊んでいる……っと、お付き合い多いかなって。あとそういう真剣なお付き合いもあっただろうなって思いまして」

「ああそうですか」

あっ遊んでるって気に障ったかな。でも社長だもん、お見合いのひとつやふたつして、いいとこまで行ってフラれたとかあるかもしれないし。

「そうですねえ、プロポーズは上手いこと思いつきませんが。結婚を前提にしたお付き合いの告白ならストックいくつかありますよ」

「ちょっと聞いてもいいですか?」

「はいはい」

三好さんは姿勢を正して、まっすぐ私の方を見た。

「片野さん」

「はい」

「施工者とお客さんの間柄じゃなくて、もっと深いお付き合いを僕としませんか?」

「……はい?」

「社長という肩書きを捨てて、素の自分でいられるのは貴女がそばにいるときなんです」

「はぁ」

「貴女といると楽しいし、面白い話もたくさん聞けて、もっと聞きたいと思うんです。結婚を前提としたお付き合いを、僕としませんか?」


はい?

なに。これ私に言ってるの? え、ちょっと待って、これ私に告白してるってこと? 施工者とお客さんじゃなくて、恋人としてお付き合いしたいってこと?

というかお客さんとの恋愛っていいの御社。


私が混乱している間に三好さんは続けてこう言った。

「片野さん。僕は貴女とこうやってカフェでお茶をするのがすごく楽しいし、嬉しいんです。だから、これからも末長く一緒にお茶をしてくれませんか」


ええと、それはつまり。


「僕と結婚してください」


ええと。


私がどう返事をしようか迷っている間、三好さんはコーヒーを一口飲んで、じっと私を見つめていた。

「あの、本気でおっしゃってます?」

「告白やプロポーズを冗談で言うほど、僕は軽くありません」

まぁ、海老原さんのセリフと似ちゃいましたが。三好さんはそう言って頭を掻いた。


ちょっと待って。現状と現実を把握しようか。

「あの、ワタクシ家持ちアラサーですけど」

「僕が引っ越して、あの家に一緒に住んでもいいですし、僕だってアラサーですよ」

「こ、子供は産むかどうかわかりませんよ?」

「子供を産みたくなければ里親って手もありますよ。だいたい会社を世襲にしようとは僕は思っていませんので、夫婦2人でずっとあの家に暮らすのも悪くないと思っています」

「ミニコミ誌の仕事も、つれかまも続けたいんですが」

「共働きで構いませんよ。僕、こう見えて料理得意なんで。家事分担は得意不得意で分けましょうか」

「両親とか親族の相性だってありますし」

「冠婚葬祭の必要最低限の義理だけ通せば、ウチの方はなんとかなります。ああ、ちゃんと片野さんのご両親にはご挨拶しますけどね」


やばい。ガチの返事がどんどこきてる。いや、三好さんが嫌いとかそういう訳ではなくて。むしろ仔犬系の可愛い男子だと思っていたけど、あまりに急な展開に私の頭が追いつかない。

だって三好さん、地元に根ざした会社の2代目社長ですよ? それって結婚したら私、社長夫人になるってことでしょ? マジで?


「ええええええと、お返事は後日でもよろしいでしょうか? 今大混乱してて冷静な判断ができそうにないので」

「はい、いつでもお待ちしていますよ」

三好さんはそう言って、伝票を持って会計を先に済ませた。あれ、なんか既視感。

「あと、物語にリアリティを求めるのはいいですが、ほどほどにしないと今日みたいな手痛いしっぺ返しがきますからね。お気をつけて」

三好さんは悪戯っ子のように笑って店を出て行った。三好さんの知り合いでもあるオーナー兼店長は、黙々と隣で三好さんの食べ終えたお皿を片付けているが、口元が笑っている。私は飲みかけのコーヒーを手にしたまま、しばらく動けなかった。ジュークボックスからラブソングをアレンジしたジャズが静かに聞こえる。


プロポーズのネタ探ししてたらガチでプロポーズされたんですけど! どうする私? どうなる私!

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