第14話 書きたい意欲

「つれかま」を書き始めて、思ったことがある。


小説、書いてみたい。


今のブログというかエッセイもどきも書いていて楽しいのだけど、なにからなにまで自分の考えた小説を書いてみたいと、最近よく思うようになった。

さすがになんとか賞を受賞しようとか、話題に上るのは無理だとしても、ハードカバーの小説を一冊は出してみたい。


とはいえ、自分が小説を書けるのかどうか、そもそもどんなジャンルの小説を書きたいのかわからない。

つれかまを担当してくれた編集部の山村さんに相談してみると、

「別に小説じゃなくてもいいんじゃないですかね。ノンフィクションじゃないですけど、片野先生のこれまでの人生とか、『つれかま』について思うところを綴ってみるとか、そういうエッセイ系でもハードカバーの書籍を出している先生も何人かいらっしゃいますし。ご自身が書きたいものを想いのままに書いてみたらどうでしょうか」

「うーん、でも気持ちは小説を書いてみたいんですよ」

「では先生の日常や身の回りで起こった出来事をベースに、先生くらいの年齢の女性を主人公に書いてみてはいかがでしょうか。雑誌編集部にいた頃の、雑誌が廃刊にならなかったらどんな人生を歩んだのか。雑誌も建築雑誌ではなく、別のジャンルの雑誌で、取材して得たリアルと想像で書いてみては」

「なるほど」

私くらいの女性の主人公。日常系。


夢の喫茶店。


ふと、そんな単語が浮かんできた。

仕事に疲れた雑誌編集部員の女性が、休みの日に喫茶店めぐりをして、それぞれの喫茶店でのドラマを書いていく。


なんか、いいかも。


実在するお店の名前を出すことなく、雰囲気で「このお店かな?」と思われるような書き方でいってみよう。

鎌倉以外にも、都心や地方の喫茶店も取材兼味見して、それぞれの特徴に合った物語を書いていく。

毎週は行けないから、毎月一店舗。

12ヶ月の物語なんかどうだろう。

ああ、仕事に恋に親の干渉。そんなものもスパイスに入れて。

大まかな筋はできた。じゃあ、どの喫茶店を舞台にするか。


私は書店に行って、喫茶店特集のムックを数冊買った。じっくりと読んで、お店の雰囲気、価格、店長の人となりをチェックする。そして大事なのは、物語が書けるようなお店か。


A喫茶店では冬のボーナスカット&彼氏に振られた直後に訪れる。マスターが、店内に静かに流れるクラシックが、ブランデー入りの紅茶が、落ち込んだ彼女の心を温める。


喫茶Bでは親戚の年始の挨拶に疲れて癒しを求めて来店。ふっくら焼きたてのホットケーキとコーヒーで、結婚はまだなの攻撃で傷ついた心を癒す。


パソコンにプロットを打ち込みながら、「これ、話膨らむかな?」と若干不安になりつつも、とりあえず1年分のプロットを打ち出した。最終回の11月は、喫茶店で新しく出会った彼氏からプロポーズを受ける話。幸せが待っているという期待と希望を残しながら終える。


いいじゃない。


私はつれかまのブログ更新のための喫茶店めぐりと並行して、有給を使いながら都内の喫茶店にも足を運んだ。期待していたのとはちょと違ったお店、想像以上に良かったお店、さまざまであるが、いい感じにお店のストックができた。


あとはどこのお店をどの話の舞台にするかだ。


許可をもらって写した店内と商品。

二言三言だけど会話をしたマスターの印象。

私が落ち込んだときはどの喫茶店がしっくりくるだろうか。

私がやる気をチャージするときにはどの喫茶店で甘いものを食べるだろうか。


そんなことを考えながら日々を過ごした。


「片野さん、最近前にも増して仕事熱心だけど、無理しないでね?」

取材先で真剣にインタビューをする私を見て、田所さんが心配そうに声をかけてきた。あれ、そんなに懸命だったかしら。

「大丈夫ですよ。毎日がネタに溢れてて楽しいくらいです」

「ちゃんとご飯食べてる? 睡眠時間は足りてる? ブログも大事だろうけど、身体が資本だからね。熱を入れるのもほどほどにね」

他人である田所さんから見ても、私のワーカホリック気味は目に余ったらしい。はぁい、と大人しく返事をして、私は小説を書くペースを少し落として、睡眠時間を元に戻した。


田所さんの指摘通り、私は睡眠時間を2時間ほど削って小説を書いていた。溢れんばかりに湧いてくる文字をすぐにでも形にしたくて、寝る間を惜しんでいたのだ。


しばらくしてそのときの文章を見直してみると、誤字脱字もさることながら、なんとも支離滅裂な構文になっていた。


田所さん、ありがとうございます。


私は慌てて寝る間を惜しんで書いたダサい文章を書き直した。


そして数ヶ月後。

私は最終回の展開に悩んでいた。

大体の部分は、リアル体験と想像でもどうにか形になってはいるが、最終回のプロポーズのシーンが思い描けない。今どきの男性から女性へのプロポーズってどんなだ。今もダイヤの指輪の入った箱持って「僕と結婚してください」とか言うのだろうか。言わないでしょ。だいたい喫茶店でプロポーズする男と結婚する? もうちょっとオシャレなレストランとかでやらない? これボツ?

ふおおおおお、としばらく悩んだが、わからないものはしょうがない。想像で補うしかない。

そして補うのは想像力ばかりではない。


朝から悩んでいたらすっかり昼になって、私の腹時計が盛大に鳴った。ここは何か食べてから考えよう。私は外出着に着替えて、近くにあるカフェへと足を運んだ。


「いらっしゃいませ」

昼どきとあって、店内はだいぶ混んでいた。ここは甘い系パンケーキのほか、食事系のパンケーキも出すので、男性客も多い。店内は男女半々くらいか。

「2名掛けのテーブル席が埋まっておりますので、大きなテーブルでのご利用でも大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です」

「ありがとうございます。お客さま1名さまご来店ですー」

私は店内のど真ん中に置かれた大きなテーブル席へと案内された。

大きなテーブル席も、一席ずつ空けて座るのは難しそうだ。私は食後のコーヒーを飲んでいるっぽい男性客2人組の隣に席をとった。

ちらりと2人組を見ると、見かけた顔だった。

「海老原先生」

と、元バディの人。

「こんにちは片野さん。これからお昼ですか」

「はい。ちょっとパソコンと睨めっこしてたらこんな時間で」

ちょうどいいタイミングで店員さんが水とメニューを持ってきた。私はベーコンと目玉焼きが乗ったガッツリ系のパンケーキを注文する。コーンポタージュ付きというのが嬉しい。

「お2人はお休みですか? 非番?」

私は元バディの警官さんを見ながら海老原さんに尋ねた。

「ええ、ちょうど休みが重なったので、某ブログで紹介されていたこの店に行ってみようという話になりまして」

某ブログとは私の『つれかま』のことだ。ありがとうございます、とたどたどしくお礼を言うと、ガッツリいただきました、と元バディさんが手を合わせた。


どっちもいい人だなぁ。あっ。


私は食後のコーヒーを楽しんでいる2人に尋ねてみた。

「あの、急な質問で恐縮なんですけど、もしおふたりに恋人がいて、その恋人にこういうカフェとか喫茶店でプロポーズするとき、どんなセリフを言いますか?」

海老原さんがコーヒーを噴きかけ、元バディさんは気管に入ったのか、ガホゴホとむせている。

「プライベートな話を急に振りますねぇ」

「すみません、今書いている小説でそこが行き詰まっていて……。おふたりならなんて言うのかなって思いまして」

私は慌てて頭を下げた。まぁこの2人なら恋人の1人や2人、いなくないだろうと思っての質問だったのだが。こんなに動揺させてしまったのは意外だったし申し訳ないと思った。

「どう相手を口説く?」

海老原さんは楽しそうに元バディさんに尋ねた。

「ん、やっぱりハッキリ言った方がいいと思うから『結婚して一緒に暮らしてください』とか」

「ひねりがないな」

「俺に語彙力を求めるな。お前はどうなんだよ」

「そうだな。『これからも、今のように2人でカフェめぐりをしたいので、一緒に暮らしませんか?』とかかな」

恋人とはカフェめぐりもしているのでしょう? と海老原さんは確認をとってきた。そうです、と私は赤べこのように首を縦に振る。

「一緒に暮らす、の部分を結婚しませんか、に変えてもいいと思いますよ」

「ありがとうございます。参考になりました」

私は2人にありがとうございます、お邪魔しました、と礼と謝罪をした。せっかくの元同僚とのお休みにお邪魔をしてしまってしまった。今度献本リストに入れてもいいか聞いてみよう。


「しかし私らのような堅物職業の男性に訊く内容じゃないですよ。もうちょっと遊んでいる人の方がいいセリフを思いついてくれるんじゃないですかね」

海老原さんが柔らかく笑う。

「うーん、私の知り合いにそういう人がいなくって。おふたりを見ていたら『そうだ聞いてみよう!』って思い立っちゃいまして」


あ、三好さんならいいセリフ持ってそうな気がする。

「ちなみに、この質問はあまり親しい異性に訊くものでもないですよ。程よく距離があって、知人くらいの間柄の男性にしておいてくださいね」

「なぜですか?」

「その人物が貴女に気があるかもしれないからです。想いを寄せている相手から『プロポーズになんて言います?』なんて訊かれたら、ショックで寝込むかもしれませんからね」

自分に関心がないと言うか、単なる男友達に見られている事実を突きつけられるのはけっこうきますからね。と海老原さんは付け足した。そうなのか。

まぁ三好さんなら大丈夫だろう。あと現場の若い人にも聞いてみよう。


ありがとうございます、と改めてお礼を言うと、海老原さんたちはちょうどコーヒーを飲み終わったらしく、席を立った。

じゃあ失礼しますね、と2人は軽く頭を下げて、会計に向かう間にどっちが奢るかで揉め始めた。かわいいな。


「お待たせいたしました」


いいタイミングで私のお昼ごはんがやってきた。


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