第13話 再開

「ストーカーと接触した? 大丈夫だったんですか」


三好さんは持ち上げたナポリタンを口に入れる直前で止め、私の方を見た。

「はい、ちょうど私服警官さんと一緒だったので、その場で逮捕されていきました。その後も、向こうが遠方に引っ越すこと、私への接触とつれかまブログへの書き込みは禁止という運びになり、向こうのご両親にもきちんと話して、謝罪の言葉をいただきました」

「謝罪だけですか」

「ああ、示談か起訴か、ちょっと迷ったんですけど、初犯じゃないみたいなので、きちんと罰を受けてもらうことにしました」

「迷うことないと思いますけどね」

三好さんはそう言うと、ナポリタンを口に運んだ。なんで機嫌悪いんだろう。


「それはそうと、スレートの材料、確保してくださってありがとうございます」

私はカルボナーラのソースが服に跳ねないように慎重にフォークにパスタを巻きながら話題を変えた。昨今の資材不足の煽りを喰らって、三好工務店でも施工が中断する事案が増えているという。もなか先生時代からのお得意様(家?)だからと、あちこち探して見つけてくれたみたいで、工事は3ヶ月遅れになったが、無事に望み通りの素材でできることになっている。

「こちらも仕事ですからね。お客様の要望はできる限り通すのをモットーにしてるんで」

まぁ耐久性とか素材に問題があったら諦めてもらいますけど。と、再びナポリタンを一口。口の周りにソースがつかないのはすごいな。綺麗に食べる人だ。


私が三好さんの食べ方に感心していると、どうしましたか、と本人が不思議そうな顔を向けてきた。いかにも二代目のお坊ちゃん社長って感じだけど、ご近所さんの評判はいいし、本人も仕事熱心だ。


こういう人に家を任せられるのはいい。


「いえ、池田さんも含めて、人の縁に恵まれてるなぁと」

「ストーカーの被害に遭ったのにですか」

「そこでもご縁ができましたし、お付き合いも続いていますし」

現場となった定食屋の店長の加藤さんとは、プライベートでも仲良くなり、ときおり家に遊びにきてもらっては、彼女と一緒に台所に立ち、プロのお手製昼食に舌鼓を打ちながら、女子トーク炸裂で近況を報告しあっている。

また、仕事では季節限定のメニューを一足早く教えてもらい、ミニコミ誌の常連さんになりつつある。盛衰激しい鎌倉の飲食店で、定期的に掲載できる店舗はかなり貴重である。紙面も確保できるし、何より取材日に店に行ったら閉店していた、というトラブルもない(過去何度かあった)。


弁護士の海老原さんにも、今後の対処やストーカー予防のお話を聞くことができた。そして何より、海老原さんは私好みのイケメンなのである。私のストーカー担当になっていた警官さんとは警察学校からの友人で、やっぱり何度か組んで仕事をしていたらしい。元バディ。元相棒。いい響き。


そんなことを語っていると、無言でナポリタンを食べ終えた三好さんが何故か不機嫌そうに一言、

「片野さんって面食いなんですか」

と告げた。

「いいじゃないですか。清少納言だってお坊さんはイケメンに限るとか言ってるんだし、顔がいいのは罪じゃないですし、それを好きになるのは悪いことじゃないですし。それに三好さんだって顔面偏差値高いと思いますよ?」

三好さんは本当にぃ? と言ってコーヒーに砂糖を入れ始めた。むくれた頬と目元が可愛い系男子である。なんなの今日はやけに不機嫌じゃない?


「三好さん、何かありました?」

「いえ、別に。片野さんは『つれかま』で人生エンジョイしてるなって思っただけです」


むっ。なにそれ。まるで私が脳天気に生きてるみたいじゃないか。


「ストーカー被害に遭ってもエンジョイですか」

チクリと一言棘を刺すと、三好さんはハッとした表情になり、すみません、と謝った。

「まぁ、社員さんの生活背負ってる社長から見たらお気楽な人生なんでしょうけど」

「いや本当にすみません。失言でした」

三好さんは深々と頭を下げた。

まぁこのくらいで許してやろうかな、と思ったところに、おとなしそうな2人連れの女性がやってきた。


「あの……、ひょっとして片野栞織先生ですか?」

えっ、なんで私の名前わかったの。

「盗み聞きしたわけじゃないんですけど、こっちの男の人が片野さんとか、つれかまとか言っていたのでもしかしたらって思って。人違いだったらすみません」

私は三好さんの顔を見た。三好さんは気まずそうな表情で身を縮こませている。

「もし、私が片野栞織だったらどうするつもりなんですか?」


迂闊にハイとか答えて騒がれても困る。私は慎重に言葉を選んだ。

「あの、握手と本にサインをお願いしたくて」

握手。サイン。芸能人か私は。

「握手は昨今の衛生上、どこに行ってもやらないつもりです。サインは編集部の許可を取らないといけないので、申し訳ないのですけど、お断りしています」

すみません、と頭を下げると、女性たちはとんでもないです、お会いできただけで光栄です! と顔を輝かせた。

「つれかま、楽しみにしてますので、これからも頑張ってください」

「ありがとう」


つれかまブログは例のストーカー男の逮捕後、男のコメントを全て削除し、処分が決定した後、かなり端折りながらも、『今回の件の決着がつきましたのでつれかまを再開します』と先日公開したばかりだ。

だいたい事情を察していた方々からは、お疲れ様でした、とか、無理なさらないでくださいね、とか、労いのコメントがたくさんついた。彼女らも、その一部始終を見ていたのだろう。心配かけてすみません。

「じゃあ失礼します」

2人は礼儀正しく笑顔で会計を済ませて店を出ていった。


「私たちも出ましょうか。これ以上なにを聞かれるかわかりませんから」

「そうですね。僕が迂闊でした」

ということで奢ります、と三好さんはさっさと伝票を持ってレジへと向かってしまった。あっ、ちょっと! 施工の話の際は経費で落ちるからいいですよって言われても奢られっぱなしじゃなんか嫌なんですけど!


「ちょっと、たまには私にも奢らせてくださいよ! 少しは懐あったまったんですから」

私は慌てて三好さんの後を追った。

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