第11話 第九がサンバでやって来た

結論から言うと、「つれかま」はそこそこ売れた。


山村さんが書店を行脚し、POPをおいてアピールしてもらったことと、田所編集長と井上編集長経由で私が本を出したことをこの手の本が好きな奥様や編集仲間に伝えてくれたことが大きかったみたいで、「『つれかま』買いました! 今どきの切り口で書かれていて読み応えあります!」とかエゴサするとポツポツ出版関係者の購入報告が入ってきて、私は顔から火が出そうだった。


これは……もう悪いことできないし変な記事書けない……。


いや、お天道様に背を向けるようなやましいことはしていないし、誰かの心象を悪くするような書き方はしてないけど、どこで誰が傷つくか、誰の地雷になるかわからない世の中だ。

今後はもっと気を引き締めて書いていかねば。


「つれかま」の売れ行き好調を知らせてくれた山村さんにお礼を言い、装画を手掛けてくれたイラストレーターさんとデザイナーさん、もなか先生、田所さんと井上編集長にも丁寧なお礼の手紙を(手紙だぞ! メールじゃないのだ!)したためて可愛い切手で送って、るんるん気分でミニコミ誌の仕事に励んでいた。

(田所さんはほとんど毎日会うんだから直接手渡しでもいいのに、と届いた手紙を読んで笑っていた)。


そんなある日曜日。

もなか先生から電話があった。

『栞織ちゃん! 今すぐ、よみ日テレビつけて!!』

もなか先生の緊迫した声に、私は慌てて滅多につけなくなったテレビをつけた。


そこには「今月の推し本」というタイトルで、毎月コメンテーターや芸能人がイチオシの本を紹介する番組をやっていた。この番組で誰かに紹介されると重版確定、みたいなジンクスがあり、作家としては気になる番組ではあったが。

仕事とブログと書籍化の作業で1日が終わっていた私は、その存在をすっかり忘れていた。


見ると、「つれかま」がちょうど紹介されていた。

しかも今をときめく超売れっ子俳優さんが。

わたしの、書いた、本を。

読みやすくて面白いって言ってくれてるーーーーーーー!!!


マジでーーーーーーー!


悲鳴をあげそうになるのを、まだもなか先生と通話中だという事実を思い出して押し留めたが、ぶっほ、という妙な鼻息は聞かれたみたいで、スマホの向こうで笑いながらよかったわねぇ、と寿いでくれるもなか先生と、ありがとうございますありがとうございますとテレビに向かって頭を下げ続けている変な構図になった。


テレビで紹介されたことは山村さんの出版社にも届き、緊急編集会議が開かれたという。


書店の在庫はあって2、3冊。ネット通販での在庫もまぁそれなりにあるが。


なんせ推した相手が相手である。


昨年の大河ドラマに登場するや否やお茶の間の奥様お嬢様の視線を主人公そっちのけで釘付けにし、事務所公認の彼専用のスタンプまで数種類販売された人物である。


コラボショップでマグカップはもとよりアクスタクリアファイル等身大抱き枕まで用意されてほぼ完売、転売ヤーが高額でファンに売りつけようとしているところを「絶対に買うな!」とあらゆる手段で宣伝し、再販するといった神対応をした事務所の稼ぎ頭のイケメンである。


「いくら増刷する?」

「やっぱり初版の減り方具合ですかね」

「事務所に相談して彼推薦の帯作っちゃう?」

「写真付きで?」

「できれば」

「予算あったっけー」


などなど議論している間に。


書店の在庫は売り切れ、ネット通販用に撮っておいた在庫も3分の1にまでなったところで。


「はい重版」


編集長の鶴の一声で重版が決まったそうだ。

しかも例の俳優さんの顔写真付き帯で。

おまけに、もなか先生の推薦文も差し込まれて。


「おめでとうございます。誤字脱字も今の所見つかってないのでこのまま重版出来です。帯付きできましたらまた献本しますね」


山村さんの明るい声に、あまりの出来事に対応しきれなくなってきた私は、はぁどうもありがとうございます、とうわずった声で返事をするだけだった。


重版。


ちょっと話がうまくいきすぎてない?


私は慌てて近くの神社と鶴岡八幡宮にお礼の参拝をして100回くらいありがとうございますと呟いた。


ブログのアクセス数も一気に右肩上がりになり、アンチコメントもちらほら見かけるようになったが、それだって100人に1人いるかいないか。内容が稚拙だの、もなか先生の2代目とはおこがましいだの、まぁ自分でも思っていることなのでスルー&削除していった。


だいたいこういうアンチコメントつける人って、本を読まずに、ネットや書評に載っているあらすじとか目次とかしか見て書いてないのバレバレなんだもん。言いたいことあるなら本を買って端から端まで読んでよ。それで文句言ってきなさいよ。

まぁそんなことは書かないけど、心の中で思いながら、あたたかいコメントに短いながらも返信をし続けていた。


仕事とブログの更新とコメントの返信の同時作業はちょっと大変だったが、充実した日々を送っていた。


池田不動産屋の池田さんも、三好工務店の三好さんも、つれかまを買ってくれたらしい。それを聞いた私はベッドの上で身悶えした。身近な人に本を読まれるのがこれほど恥ずかしいとは。しかも、もともとはギャル構文である。恥ずかしすぎて穴に入りたい。


三好さんなんか、うちで工事とか水道管のひび割れの軽作業とかやるたびに「つれかま」を鞄から取り出そうとするから、やめてくださいと何度追いかけて本を奪還しようとしたことか。私で遊ぶな。


そんなこんなで年の瀬も迫ってきた頃。

実家からの帰ってこいコールを無視して年内最後のブログを書いていると、山村さんから着信があった。


「はい、片野です」

「ああ、片野先生、今お時間ありますか?」

「時間はありますけど、その先生呼びはやめてくださいって」

「いえいえ、先生ですよ。書店大賞特別賞受賞、おめでとうございます」

「はい?」

私は事情が飲み込めず、思わず変な声を出してしまった。

「書店大賞はご存知ですよね」

「ええまぁ、名前だけは」

確かその年売れた本の中から数冊、全国の書店員たちがいわゆる推し本を選ぶ催しだったはずだ。それと私が先生と呼ばれることの繋がりがわからない。

「片野先生の『つれかま』が特別賞を受賞したんですよ」

「はい?」

ぱーどぅん?

「ネットでも発表されているので、ご確認ください。おめでとうございます。では良いお年を」

笑顔が見えるような明るい声で、山村さんは電話を切った。


どういうこと?


私は慌ててネットで検索を開始した。

今年の書店大賞。私もちらほら名前を知っているメンバーが大賞に名を連ねている。

その中で、特別賞というものがあった。


そこに、私の名前が載っていた。


マジか。

マジで?


私は5度くらい自分の名前と「つれかま」のタイトルを眺めて、そのままベッドに倒れ込んだ。


いや、作家になることは、もなか先生に憧れてブログを書く始めたしでもギャル構文だったしなんでこんなにウケたんんだっていうかそもそもあのイケメン俳優さんが推したあたりからなんかおかしくなってないか私の人生?


なんてことを頭の中でぐるぐる考えていると、書店大賞特別賞を受賞したことを知った友人知人からポコポコお祝いメールが届いてきた。


ごめん、今は自分の頭の整理で精一杯。


私はメールを読まずに早々に夕飯を食べ、ぼんやりした頭で入浴し、ふたたびベッドに倒れ込んでそのまま意識を手放した。

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