第10話 「つれづれ鎌倉日記」
鎌倉に住み始めて2年。日記をブログとして公開し始めて1年が経った。
「つれづれ鎌倉日記」略して「つれかま」は、ぼちぼちフォロワーが増えていった。
と言っても150人くらいだけど。
日記の内容は主にどういう理由で鎌倉に住むことを決めたのか、鎌倉の良さと悪さ、取材で訪れたお店を個人で訪れて、その写真をアップする(もちろんお店の人の許可済み)を、週に1回、日曜日にあげていた。
特に文章が面白いとか、内容がいいとか、そういったコメントはつかないけれど、カフェめぐりや食事屋の記事の日は飯テロだとか映えるとか美味しそうとか比較的良い印象のコメントがついて、芸は身を助けるじゃないけど、取材テクは身を助けるなぁと実感した。
お店には個人で来たこと、ブログでアップしたいことを告げているが、問題は文章だ。
下手な書き方をすると、ミニコミ誌の編集部員だとバレてしまう。そうなるとステマと言われ炎上まっしぐらに決まっている。
そこで私は、ちょっとしたペルソナをつけることにした。30代だけど10〜20代のギャル時代をそのまま成長してしまった、いわばちょっとイタい書き方をしている。
「アゲアゲ〜⤴︎⤴︎」とかはさすがに書かないが、「映えること間違いナシ!✨」とかちょっとキラキラした文章を目指している。
まぁ本物のギャルからはバレるだろうけど、そのままの文だと、取材の文体とあまり変わらず、「あたしって文才無い〜」と凹んだ記憶はまだ新しい。
仕方なく、高校時代にギャルだった同級生(子持ちワーママ)に連絡をときどき取って、ギャル構文を学習させてもらっている。あと現役大学生ギャルのブログもブックマークをして、どんな言葉を使っているか学んでいる。
これも、もなか先生との交流のためだ。
もなか先生には、「栞織ちゃんもキラキラした文を書くのねぇ。若いわぁ」と感心されたが違うんです先生これは仕方なく演じているんですとも言えず、ええまぁ、ちょっとテンション上げた方が楽しいかなって、と乾いた笑いと共に答えた気がする。
そんなある日、ブログに1通のダイレクトメールが届いた。
読んでみると書籍の出版社の編集者で、もなか先生のゆるかまを知っていて、私にその2代目となる書籍を書いてもらいたいとの内容だった。
ちょっと待て。
こんなギャル構文もどきで、もなか先生の2代目?
記事だって長文と短文が入り混じっているし、お店以外の内容も多い。
それはつまり加筆修正が多いということだ。
いやいや、それよりも。
この編集者を名乗る者が本物かどうか。最近は書籍化の話を持ち出してそのまま音沙汰ないとか原稿を持ち逃げされて手元に一銭も入ってこないとかそういう話もよく聞く。
とにかく、署名欄のホームページが本物かどうかチェックする。社名をパソコンに入力して、合っているかどうかを確認。
でもそこは会社のホームページを知っていれば誰でも貼り付けられる。
次にメールアドレスだが、@マークの後ろが会社のお問い合わせメールのドメインと一緒か確認。一応合ってる。
そして極め付けは私の唯一のコネ。
元上司の井上編集長と現上司の田所さんに、この出版社からブログの書籍化の連絡があったんですが、この担当さんってご存知ですかとメールでぶん投げた。
返信は意外と早く帰ってきた。
結論から言うと、井上編集長も田所編集長も知っている出版社であり、ベテランの編集者で、エッセイをメインにお仕事をしている人らしい。
よかった本物で。
おかげで2人に「つれかま」のサイトを教えるハメになり、テンション高いなだとか大学生のブログみたいだねとか散々言われたけど、内容は概ねいい感じだな、という話になって終わったのでよしとしておこう。
そうなったら早速この山村さんという人にお返事を書かなくては。
まずは書籍化を打診してくださったお礼と、私の前職と現職を告げて、怪しい人物ではないことを証明する。
次に、書籍化の話は嬉しいが、ゆるかまの後釜(シャレではない)にしては文体が幼すぎないか、文章が短すぎないか、という疑問も書き出す。
その辺りの調整次第でお話を受けても構いません、と締めくくって返信をした。
すもも出版という出版社の編集者、山村さんからの返事は翌日朝イチに届いた。
曰く、文体はもなか先生のように、多少硬めに直してもらう予定だが、短文も混ぜて構わないとのこと。最近の若者は本を読むのも見開き程度で終わる文章量じゃ無いと読むのをやめるらしい。飽きるの早すぎないか若者よ。
なので文体の修正と誤字脱字お店の最新情報以外は直さなくていいそうだ。やったね。
というかそうなら最初から仕事用の文体で書いた方が良かったんじゃないか? とも思ったが、まぁ良しとしよう。
文体の修正50本余り。
全部、書き直し。
シビアだなオイ。
そんな感じで山村さんとやりとりをし、山のような赤字修正に泣きまくり、半年後の6月にようやく本が完成した。
人生初めての、自分の本。
雑誌などで記事を書いてきたけど、それとは違った感動が込み上げてきた。
装丁もイラストも山村さんとじっくり吟味して選んだ人にお願いしたもの。
ライトユーザーにも手に取りやすい文庫本。
厚さもほどほど。
お値段もお手頃。
著者近影は恥ずかしかったので、ブログのアイコンにしていたお気に入りのマグカップにしてもらった。
で、早速編集長ズと、もなか先生に献本させていただいた。
書店には来週並ぶらしいとも書き添えたら、毎日チェックしに行くわね! ともなか先生から返事が来た。いや、お手元にすでにあるでしょ。
しかし献本でもらうのと、書店に並んでいるのをこの目で見るのは、やはり気持ちが違うらしい。
まぁ私も初めて編集作業をした雑誌が、書店にあるのを発見してニヤニヤしていた類だから、わからなくも無い。
とにかく、私の作家人生がこれで動き出した。
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