第10話

 無機質な声も消えても尚、視界はない。ただ、抱きしめられている感覚だけが残っている。

 感じる時間はゆっくり転がる。それは溝に転がるビー玉のように。


「「「最重要通知。エネルギーセーブモードへの移行に失敗しました。本システが対応していない可能性があります。それにより、脳への負荷が発生する可能性があります。脳内のニューロン配置をスキャンしいています。完了」」」


 何かよく分からないが、意識が痛い。頭が熱い。遠のく自分。

 痛い。痛い。


「大丈夫?!」

「あーこの症状これは、脳の炎症か破損だね。現代の医療じゃ治せないかもですね」


 突如として、君が倒れた。

 この温度。そして、深刻なエラーが発生したという通知。


「接続されて、デバックを」

「少年のナノマシンタイプは?」


「確かニューロン脳を構成する細胞の一種。情報を伝達し、言わば処理装置や記憶装置の役名を果たすだったはず」

「ニューロン。ブラックボックス解析不能な履歴ですね」


 彼の息が浅い。そして脱力しきっている。


「でも何をすれば?!」

「痕跡的に、システムアメジストを自動的に読み込んじゃった感じだね。システムは生きてるっぽいし、ただの脳破損かその類か」



「何か手は」

「ニューロン配置のバックアップはあるだろうから、機械の中で意識は復活するだろうけどね。ただ、体が使えるかだね」


「もうシステム「愛」を使うしかないんですかね?」

「そもそも、そのシステム持ってるの?」


「一応、簡易版が「緑」の中に」

「起動させてみて」


「はい」

「そして、その情報をこっちに」


「はい」

「うーん。細胞構成データが載ってるね。少年って端子あるっけ? タイプは」


「恥ずかしながら、プライベート事実上の恋人用の独自端子です」

「はぁ、君も女の子だね。そんな感覚とか繋げようって。まぁいいや。コマンド「再現」起動。参照したデータを使用。ナノシステム「緑」を経由し対象に接続。脳内組織の復元に挑戦。この時、対象のシステムに保管されているニューロン配置ファイルを参照し配置を再現」


 彼の感覚に入る。ただ、ぼやけた感覚に意味などない。


「どうですか?」

「まぁ復元はできた感じだね。やっぱり、「海」から「海洋」ってやつにアップグレードされてた」


「とりあえず良かった」 

「このまま安静って感じだね。で、システムはだってさ。「海洋」の特性って、思考実験に強そうだね」


 道徳的思考処理型?



 僕は、何?

 意識が朦朧としている。

 暗いその箱の中。そんな目が見えなくとも、もう一人自分が居る事は理解できて、それが過去の自分の意識だと知る事に時間は要さない。

 自分の後ろ姿が見える。だけどそれ以上は見えない。


 自分は、元気になった様子。

 自分は、それが何か理解できない。


 自分は、どうやら体を使って水奈とハグをしているようだ。

 自分は、そんな感覚はない。


 自分は、手を繋いで休んでいるよう。

 自分は、それを傍観しているだけ。


 自分は、幸せそうだ。

 自分は、自分が妬ましい。


 コピーされた意識がオリジナルになる。

 コピー元は、システムのバックアップで生き続ける。

 

 オリジナルは、楽しそうに未来の記憶を感じている。

 コピー元は、未来の記憶は受け取れない。


 上書きではない。複製。


 コピー元は生きている。またコピーも生きている。

 コピー元はコピーされた事を知っている。またコピーも同様に。

 コピー元は、未来に期待をしている。コピーも同様に。

 コピー元は変わらない。コピーは未来で生きる。

 コピー元はコピーの行動を見る。コピーはコピー元を見ず自由に生きる。

 コピー元はコピーを妬む。コピーは自分を幸せだと思う。

 同じデータ。でも違うデータ。

 自身である自分は感じて、コピー元の自分は感じない。


 だからと言って、コピー元を削除するのか?

 

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