水晶浜
第8話
「朝食できたよ」
そんな声が聞こえた。
同時に美味しそうな匂いを感じた気がする。
僕は階段を降りて、彼女の気配の居る場所に向かう。
リビングとキッチンが一緒になった場所。当然、君はそこに居て、目玉焼きに味噌汁、それにサラダと、ごくごく一般的な料理が、机を彩っていた。
「ごめんね。時間的にお米炊けなかった」
「全然大丈夫」
そう言って、食卓に座り、一礼。
彼女もまた、一礼。
その卵の命を頂く。たとえ無精卵だとしても、命に成る可能性の有ったもの。大切に大切に頂く。
半熟な目玉焼きは、その黄色い命をばら撒いて消えていく。サラダもまた、その体を失い消えていく。
““美味しいね““
そんな感情を共有する。
““でも、そんなに考えなくても良いんじゃない““
““そうかもしれない、けど““
““けど?““
““けど、命は大切にした方が絶対に良い““
「そうだね。君の言う通りだよ」
と、笑う。
「所で今日の水晶浜ってどこだっけ?」
「バスに乗って少し歩けば着くと思うよ」
「ちょっと遠い感じ?」
「だね」
「楽しみだなー。さぞ綺麗な景色なんでしょ」
「普通に綺麗だよ。それに普通の浜辺の砂と違って砂利に近いから体に付かなくていい感じ」
「ふーん良いじゃん。あと、おやつにアイス買ってかなくちゃね」
「うん」
食事を終えて家を出る。
小さなショルダーバッグを持って二人で歩いて行く。彼女の家に荷物を取りに行った後、ゆったりと小さな小さなバス停で待つ一時。
「せっかく端子作ったんだし、接続してみる?」
そう退屈そうに笑って見せる。
「良いよ」
そう僕は言う。
彼女の手首から伸びた臍の緒のような物は彼女の手によって、僕の手首に接続される。
穴に対して、細い指で押し込まれる
接続が終われば、ほんわかと温かくなる手首。
““手、繋ごっか。見られたらまずいし““
““うん““
手首が見られないように少女は腕を蛇のように絡め、そのしっとりとした肌で柔らかく触れる。
““よそ見しちゃダメだよ““
そう彼女は僕を包み込む。
視界が消える。音が消える。
ただ、手首だけが幸せを感じる、そんな世界。それを横目に見た彼女が引き寄せる腕にしがみ付いた僕は、少女と一緒にバスに乗り込む。
誰もいないバスの中。
最後部座席の僕達の体は触れ合う。
その日はこれ以上の無い晴天で、日和としか言えない。
住宅街やトンネルを抜ければ、そこはもう日本海。
水平線とその背後に見える山の豊かさ。そんな静かなその海に僕達は立ち入る。
無垢な心と愛情を持って。
「あはは、水冷たいね!」
「うわ! 冷たっ!」
まだ濡れてないに僕に少女は水飛沫を浴びせる。
満面な笑みを咲かせて、二人は海中を漂う。
南下して少し深い所、砂の床の中に点々と大石があって、海藻と魚が共に泳いでいる。
僕は深く潜り込んで、その石に手を触れた。ゴツゴツしている黒っぽい石は触れると少し痛い。
気付けば横に彼女が居て、僕を抱き寄せハグをする。体は沈んだまま、強く強く。
足が消え、代わりに尾鰭になった少女と泳ぐ、温かく美しい海。
時間は流体の如く進む。太陽は既に天に高く昇り詰め、もう下山をしよう準備をしていた。
「お腹すいたね」
と、漂う君が言う。
「そうだね」
と、浮かぶ僕が言う。
「何食べる?」
「ソース物」
「だよね。海と言ったらソースだよね」
濡れた体のまま、道路を歩く。
車通りも少ない静かな道。
そこには物陰に隠れた、屋台があった。
僕はそこで、ソースカツ丼を頼んだ。また君も同様に。
発泡スチロールの白に黒いソースが斑点を作っている。白米の上に数個の唐揚げのようなカツ。盛り付けは少し雑に見えてしまうが、ここではどうでも良い。場に相応しい盛り付け。
僕らは堤防のブロックに座り食事を楽しむ。
ふと彼女がこう言った。
「あ、アイス買うの忘れてるね」
「問題ないよ。僕も忘れてたし」
と僕は言う。
「確かにかき氷も売ってるしね」
と会話が続く。
少しして、お腹が膨れた為に眠たくなった僕は波打ち際に寝転がっている。行き来をする波に肌を撫でて、太陽の陽気を冷やしてくれた。その頃、少女はトイレに行くと言って、姿を消している。
目を閉じた視界に、人影が落ちた。
その持ち主なんか、分かりきっているように目を開く。
しかし。そこには見知らぬ女性が居る。
「見つけましたよ。アメジストが気にいる子」
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