猫
アサヒ
第1話
その道に人は誰もいなかった。知らない街を一人で歩く。
視界に入った物を使って脳内で連想ゲームをして、まさかこんなことを考えているのは自分だけなんじゃないのとかって得意げになって、そしてふと我に返って死にたくなる。こんな人どこにでもいるでしょ。私ってどこまでも凡人。あははウケる。
ふと前を見ると登り坂が私を通せんぼしている。別にどこに行ってもよかった。迷子になったってよかった。坂を登るのは疲れるから面倒だ。だから私はその坂を見て引き返そうとした。
そんな時視界の隅で揺れる毛の塊。
猫だ。茶色のしましまの猫。可愛い。首輪がない。野生だ。
私は誰も知らない宝石を見つけたような気持ちになって、その猫がじっと動かないのを見て、なんにも考えずゆらりと猫に近寄った。
私が近寄っても猫は逃げなかった。人間の恐ろしさを知らないようだ。野生のくせに警戒心をどこかに落としてしまったらしい。お前、そんなんでよくここまで生きてこれたな。
頭を上げて私を見てきた。はめ込まれた二つの球体がじっと私を舐める。しばらくしてから私はしゃがみ込んだ。突然爪を出して襲いかかってくるような様子がなかったからだ。私はこの猫と違って警戒心がある。
思わず手が伸びそうになるふわふわの毛を眺めた。人間を魅了させるように作られた二つの三角を眺めた。再現が難しそうなしなやかな肉体を眺めた。
猫はきっとたくさん愛されるようにと神様が散々頭を使って作られたんだ。この生き物は神様のお気に入り作品だ。いいなぁ。ねぇ神様、人間は誰もが愛されるように作らなかったの?私も私を愛してくれる誰かに撫でて欲しいんだけど。
ムカムカする。叫び出したい衝動に蓋をする。それでも暴れるこれを何とかしたくて、私は日常と非日常の隙間に必死に体を押し込んだ。
私は猫を見つけてパシャパシャ写真を撮るような人間ではなかった。なのに出会って数分の猫に名前をつけてしまうような人間ではあったらしい。
「きなこ」
呟いてもきなこはこちらを見ずに毛繕いしている。可愛い。いいなぁ。うやらましい。お前はきなこ。私が見つけた猫。私の──
「あら、こんなところに居たの」
手に赤い首輪を持った知らないおばさんがきなこに駆け寄ってきた。誰?きなこの知り合い?
「首輪もせず外に出たらダメじゃない。ほら、みぃちゃんに似合う、新しいやつ」
おばさんの手により赤い首輪が嵌められる猫。その不自由の象徴に私は絶望した。
おばさんが突っ立ったままの私を気になり始める前にその場から離れた。そのままただただゾンビみたいに歩いた。
胸をスプーンで深くえぐられたような感覚。あーあ。なんだ。そうだったの。早く言ってよ。
鼻の奥がつんとして視界がぼやけた。苦しくてズズッと鼻をすする。大して変わらなかった。
何泣いてんの私。何も起こってないじゃん。きっとこの世界で私よりも苦しい思いをしている人が何万人といる中で、こんなことで泣いてるなんて馬鹿みたい。ああこんなんだから私だけをずっと見ててくれる人なんていないんだよ。今日も私の頭を撫でてくれる人はいない。
青い空だって真っ暗に見える。きっと私は猫とは正反対の生き物。
猫になんてなれない。
猫 アサヒ @Asahi0321
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