第10話 サンマ

 秋の味覚の王様の風物詩の代表格の代名詞のMVPと言っても過言ではない「サンマ」。大根おろしとポン酢でピャッとやったり、サクサクッとやったりするのが良いというのがあったりなかったりするらしく、秋に近づくにつれ「サンマ〜、サンマ」と鮮魚コーナーを往来するゾンビめいた人が増えるなどといった風景は、多くの日本人の知るところであろう。


 おれはどちらかと言えば、サンマ界隈の人たちとは距離を置き、秋はシャケやマツタケ、シャインマスカット関係などでよろしくやっていきたいほうなのだが、秋はとにかくサンマ界隈が良い意味でうるさい。秋ぞサンマにあらずは人にあらずと言わんばかりの言説が、スーパーのオータムフェアあたりでブワッと溢れ出す。


 まあ、魚としてのサンマの旨さは俺も認めるところがあるが、ただ、それにしたって「みんな大好き!」みたいな文脈でもってグイグイくるのは、ちょっと違うんじゃないだろうか。


 サンマを食べるのには気力が要る、という話がある。


 まず良い感じに焼き上がったサンマが長皿の上にあり、プレイヤーはそれを箸でもってこうグッグッとやり、背骨をロックオンし、うまい具合にググッとやってこれを剥がす。そのあとは残った小骨などをある程度チョイチョイと退けて、そろそろかなというタイミングになったら、ようやく大根おろしとポン酢がやってくる。これをツツーないしはモサッとやり、ある程度箸にとって食べる。


 ・・・長い。骨が多すぎる。シャケであれば「まあ多少残っててもデカくて取り除きやすいからな」でバクバクいけるのだが、サンマのそれは多少残っていると食味にかなり影響する部分があるので、なかなか難しいのだ。


 サンマの小骨を取り尽くして食べるためには、今話題のAIをもってしても3年ほどかかるのではないかと思うぐらい、骨が多いし、残っていると気になる。メシ時に骨を色々いじりたくて魚を食べてるわけじゃないので、サンマさんサイドも、もうちょっとこう、骨を、なんとかして欲しい。サンマじゃないけど、ニシンなんかも身はうまいのに、発狂しそうになるくらい骨が多くてつらい。


 あとは内臓、いわゆるハラワタが取り出しづらいのだ。しかも苦いし、掴みどころがないし、よくわからない。だがサンマ界隈は、そんなハラワタを「ちょっと苦味があるけどうまい」などと言って重用している、苦いじゃんあれ。そんなにハラワタが好きなら俺のサンマのハラワタやるからお前の身だけくれよ、などと言うと「何いってんだこいつ」くらいのアレでもって蔑視される始末だ。


 世の中にはシャケの中骨だけをあつめた「シャケの中骨水煮缶詰」はあるが「サンマのはらわた缶詰」はない。内臓は爆発するから缶詰にできねぇよというのは置いといて、おれは秋の魚ならどちらかと言えばサンマよりシャケが食いたいのである。サンマはサンマ界隈の人たちで宜しくやってもらえればそれで十分だし、サンマ界隈も、もう少し全体を俯瞰したムーブメントとして再構成してもらえればこれ以上無い喜びとなるのだが、いかがだろうか。


 ちなみに、サンマを漢字で書くと「秋刀魚」となるが、かつては魚へんに祭と書いて「鰶」という漢字が使われていた。が、こんにち「鰶」は「このしろ」のことである。このへんの成り立ちを知っているかどうかで、その人がサンマがどれだけ好きかを試してみるのもいいかもしれない。

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