六章 容疑者と花嫁⑨

 シウスは絶句したがベアトリーチェの言葉どおりのことが目の前で起こっている。


「ええ、そうです。でもあなたはある方法で、その瞬間的発動方法をある方法で遅らせた――」


 ベアトリーチェの指が動き、王子の右手を指差した。


「――氷の指輪。それでね」


 王子はその右手の人差し指にはめられた指輪を咄嗟に隠した。


「な、何を言っている……、この指輪は……」


「その指輪であなたは今回の犯行を思いついた。時間もあまり、残されていなかった」


 王子の顔色が険しく歪む。

 シウスは息を飲む。


「どういうことだ? そろそろ教えてくれ」


 ベアトリーチェは頷く。


「初めの違和感は、王の遺体を検分したときでした。王には黒の斑。つまり狂戦士化の痕が残っていた。そしてもう一つ、脇の下の小さな火傷のような痕。王が狩のときに受けた魔物の噛み痕は回復魔法によってきれいに取り去られたと聞いていましたから。では、この火傷のようなものは? と」


 ベアトリーチェは思いだすように人差し指を頬にあて「うーん」とうなる。


「そして、王子の部屋にお食事を運んだとき、王子はその指輪でゴーレムさんの熱湯を浴びた体を冷やしてくれた。そのとき思ったんです。あれは火傷の痕ではなく、凍傷の痕だったんじゃないかと」


「それが今回の件とどう関係が……」


「つまり、王子はその氷の指輪の効果で、針の先に氷を纏わせ、氷の皮膜を作り王の脇に突き刺した。そして念のために針を突き刺した回りにも軽く氷の膜を作り針が抜けないように細工した。そして――王子は部屋を出た。あとは氷の皮膜は王の体温で少しずつ溶け、時間差で魔法が発動。凍傷の痕はそのときについたのでしょう」


 王子の目が恨みがましく歪んでいくかに思えたが、にやりと笑みを浮かべた。


「証拠はどこにある。それに僕には父を殺す動機はない」


「あら、証拠はあるではありませんか。あなたの服の袖裏に――」


 ベアトリーチェのその言葉に顔色を変えた王子は袖を見る。


「――なんだっこれは?」


 袖には変な模様が浮き上がっていた。


「そ、そりゃ――」


「それはジェシカさんの魔法によって描かれた魔法の絵です。使用人の間では有名ですよ。王子は知りませんでしたか? 彼女は字が書けない。彼女は、あの晩、あなたに凶戦士の針を刺され、正気を失うほんのわずかな時間、その袖にメッセージを残した。この人が私を襲った犯人だと。それがあなたが『針』の持ち主である証拠」


「こ、こんなものが、証拠だと? バカなっ、彼女が私に近づき、たわむれに袖に魔法をかけたかもしれない」


「それこそありえません。二人は決して相容れない――王子は生者、そしてジェシカさんは死者です。生者と死者は決して交わってはいけない。それが形骸化したしきたりだとしても二人が接触することはありえない。王宮はなによりしきたりを尊重するもの。彼女は不遇の死によって亡くなった王に付き従う者に選ばれた。それは王の穢れを一身に受ける者の側面を持つ。その穢れにより、ジェシカさんは周囲の者との接触を禁じられる。それが王族であればなおさら近寄ることさえ禁じられていたはずです。なのになぜ――、そんな彼女があなたと接触する機会は? なぜ王子の袖にジェシカさんの魔法の痕が? 答えは簡単――」


 ベアトリーチェは王子を視界にしっかりと捉え、いい放つ。


「あなたがジェシカさんを襲い狂戦士化させた犯人だから」


 しんっと静まりかえる牢獄。

 シウスは息をするのも忘れ二人を見入った。


「そうは思いませんか? まあ、ジェシカさんが目を覚ませば、もしかしたらあなたの顔くらいは見てるかも? ですね」


 ベアトリーチェは微笑む。


「――くっ」


「あなたが『針』を発見されないように画策した『不遇の死』。それにより結果、綻びができた。残念でしたね」


 王子の瞳がにやりと歪む。


「くはっはっはっはっははははははっははっははっはははは――――っくひひひ」


「おいおい、気が狂ったのか?」


「アレク王子……」


「いや、ごめんごめん。あなたはすばらしい。だってそうだろう? 僕の犯行をここまで正確に言い当てるのだから」


「やはり王子あなたが……。なぜ、王を」


「ジャン。君は他人によって自分の伴侶が選ばれることをどう思う?」


 王子は突然に話だした。


「どう思うと言われても……」


「例えば他に好きな女性がいたとして、その人物はその人とは添い遂げられずに別の人を伴侶に選ばなければならない。どう思う?」


「そんなのは、他に好きな女性がいることを告げ――はっ」


「そうだよ。僕の父は、僕の生まれる前に、僕の伴侶をすでに決めていた。僕がそれを知ったのは物心ついてからだったかな? 最初はそんなものだと思ったし、僕はまだ見ぬ自分の伴侶に心を浮き立たせ、想像してはこ踊りすらしたよ。しかしっ」


 王子は苦渋にその顔を歪める。


「王子……」


「隣国の皇女との初対面の日がおとずれた。僕は胸がはち切れんばかりだった。ようやく僕の婚約者をこの目で見ることができる。そして僕は見た! そしてどう感じたと思う、ジャン!」


「……思ったのと違った、ということですか?」


「その通りだ!」


 王子はバッと大仰に手を振る。


「違う違う違う違う! 僕の伴侶になる者はこいつじゃないとっ。しかし、父は王はそんなこと気にはしない! 自分の利権の為に隣国との関係性を築きあげたいが為に僕を犠牲にしようとしている! そんな父は死んでもいい。そうだろっ!?」


「王子……好きな人の話はどこへ」


 ジャンは恐怖に震えるようにつぶやく。


「だから殺したんだよ。僕の花嫁は僕が決める。僕の望む花嫁は、僕の命令に絶対で僕より早く寝てはいけない。僕より先に風呂には入ってはいけない。僕よりも先に食事をしてはいけない。そう、なにをするにも僕を中心にすべてが決まる。それが僕にとっての最高の花嫁だ!」


「とんだ関白宣言ですね!」


 ベアトリーチェが腕を振るう。


「そんなのは最高の花嫁ではありません! 花嫁というものは、旦那様が間違いを犯したときその道を諭し、元の道に戻し、節目節目でそのことを思いださせマウントを取り、上下関係をしっかりと認識させ、逆らったら教育を施し、花嫁中心の円満家庭を築く者! 旦那には苦しみを妻には喜びを、それが夫婦! 共に人生を歩む者! それが最高の花嫁というものではありませんか!」


「お前、今まで何を学んできたんだよ……」

 シウスは諦めとともにつぶやく。


「くっくっく、そうかそうか僕を正しい道に引き戻したいのだね? だったら一つ方法があるよ。君らがここで消えてくれれば、僕の犯行は明るみにでることはない。なあ?」


「こいつもこいつで相当捻じ曲がっているな。で? どうやって俺らを消すんだ?」


「こうやってさ」


 シウスの言葉に反応する王子。頭上に腕が振り上げられる。その指先の赤い宝石が稲光のように輝き、頭上に魔方陣を浮かび上がらせる。


「それが、モンスターを呼び出した召喚アイテムですね」


 言葉と同時に魔方陣から巨大な腕が飛びだしてきた。


「おいおいおい、こないだのモンスターじゃねーのかよ」


 シウスは剣を抜き放つ。それを合図にジャンも剣を抜く。

 どでかい魔方陣がまるで小さく見える。

 腕が飛びだすと、焼け爛れたような顔の化物が這い出してきた。

 ドスンッと石床が軋む。

 ゴーレムとは比べものならないくらいの巨体。

 王子が深淵な笑みを浮かべる。


「さあ、古の世界で暴君として君臨した貴様の力を示せ、アスモデウス!」


 その名を聞いてシウスは愕然とする。


「おいおいおい、アスモデウスってのは伝説上の魔王のことだろ?」

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