六章 容疑者と花嫁⑧

 王子の手には鈍い輝きを持つ針が握られていた。

 針はゆっくりとゴーレムの首筋に向かい、首筋につき刺さる――、


「さあ、僕のために一暴れしておくれ。伯爵、あなたが真犯人だ。まさかここまで縺れるとは思っていなかったが。まああとは二人が死んだあとに僕が証言をするよ。あなたはご自分で凶戦士化させたこのキャシーに殺されたと。そして王殺しの罪で捉えた二人はそのまま死刑になっていただこう。なんせ僕は伯爵の犯行の真相を知ってしまい心が病んでしまい二人の死刑を止めることができなかったと、不遇の死を迎えてもらう。僕は一生をかけてその死を悔やみ、償おう。この国の王となって。くくくくく――くはっははっはっはっは――」


 ――カツンっと針が弾かれる。


「ん? あれ、刺さらない?」


 もう一度、王子は針を刺す。

 針先がカチカチと岩のようなものに阻まれているようだ。首筋に針は食い込まない。

 もう一度、突き刺す。――カチカチ。


(まあ、ゴーレムだからな。針のほうが持たないかもな)


 言葉の通りに王子の持っていた針先がパキンっと小気味のいい音をたて、折れた。


「――は、針が折れ――っ、な、なんだ貴様はっ」


 予想だにしていなかったことが起き王子は慌てたように、ゴーレムを突き放した。

 だが、ゴーレムの総重量は王子の体重を軽く超えており、逆に王子が自分の力ですっころぶことになってしまった。


「な、んだ? まるで大木を押したような……」


 振り乱れた髪の毛から覗く緑目は正体不明の化物でも見るように見開いていた。


(まあ、ゴーレムだからな。知らずに力一杯押したりしたら、俺でもすっころぶわ)


「花嫁は家庭においての隠れた大黒柱。それはまさに大木といっても過言ではありません!」


 声は高らかに牢に響き渡った。


「隣でいきなり大きい声だすなよ。ったくばれちまったじゃねーか。まあ、しっかり自供してもらったからな。もはや責任逃れはできねーな。王子様」


 耳鳴りに顔を顰めながらもすっころんだ王子に皮肉な笑みを浮かべる。


「お、お前ら……牢に捉えられているはずじゃ」


「王子……まさか、本当にあなたが、信じられません。幼き頃から剣を学び一緒に苦楽を共にしてきたあなたが、どうして王を……」


 王子の問いに答えるように柱の影からジャンが姿を見せる。


「ジャンっ、お前までどうしてここに?」


 戸惑う王子の姿にジャンは瞳を曇らせる。


「王子様。私がゴーレムさんを通じて、ジャンさんに協力していただきました」


「ゴーレム? ……協力? どういう、ことだ?」


「こういうことです」


 ベアトリーチェの足音が牢獄に響き渡る。王子と相対するように前へと進み出た彼女は口元で何事かをつぶやいた。


「ん? おい? おまっ、おいまさか、ゴーレムの、それはやめておけってっ――」


 瞬間、ゴーレムに光の帯が浮き上がり、宙へと消失した。

 シウスは手で目をおさえ溜息を吐きだした。

 それとは対照的にベアトリーチェが不敵な笑みで見えない壁を取り払う如く腕を振る。


「これが私の嫁いりウェポン、ゴーレムさんです!」


 高らかに宣言され、キャシーであった者が大型ゴーレムへと変化した。


「「「――へ?」」」


 王子、伯爵、騎士の顔が、時が止まったように、キャシーであった者に釘づけになる。その目はゴーレムを見ているようで、見ておらず目の前にある現実に混乱した脳がどうにか回答を出そうとしているようだ。


「あっ、キャシーさんは土系の魔法によってゴーレムの鎧を纏ったのですね」


 まずジャンが口をひらく。

 その答えに「なるほど~」と伯爵が手をポンっとうつ。


「いやまて、もしかしたら彼女は別の場所に潜んでいて、僕の針攻撃を防ぐためにゴーレムを身代わりに立てたのかも」


「「お~」」これにも感心の声があがる。


「違います。あなた方がキャシーと思っていた人物は実は私の魔法により見せられていた幻像! 本当の姿はこの、たくましく、繊細で、ピュアな、ゴーレムさんだったのです!」


 無常にも告げられる真実にピシリと亀裂の入った顔を三者がする。シウスは顔を背けた。


「いや、ないない」「ど、いうことか? ん?」「あれ? え? じゃあ、我輩は、あれは……」


 三人の顔が今度こそ硬直後、崩壊した。現実が崩れていく瞬間だった。

 ジャンがガシャンと力なく跪く。ぶつぶつ何事かをつぶやき、目は光をうしない焦点の合っていない目が石床を見つめ、本来の姿を取り戻したゴーレムを力なく見上げる。


「ああいおえう……」


 その言葉ですらない喉から漏れ出たような音にジャンのすべてが詰まっていた。

 次に伯爵。腰がぬけたのか囚人のベッドの脇に座りこみ、ゴーレムを見上げている。その顔は引きつり、渇いた笑いが漏れ出ている。

 今まで散々、ゴーレムに向けていた愛情表現が脳裏にぶり返してくるのか、次第に伯爵から表情が消えていき感情を抜き去った能面のような顔になり、唯一残った感情がその頬にほんのりうす桃色に染まっていることでどうやら恥かしさを感じているようだとわかった。

 伯爵はもう何も話すことはないと無言になった。


 ベアトリーチェが一歩前へ進み、その菫のような唇を毅然とひらく。


「ジャンさんはゴーレムさんの力、剣技、たくましさ、そして優しさによる総合的な魅力により、ゴーレムさんにプロポーズをしてしまうほどメロメロに篭絡され、彼はゴーレムさんの言葉であれば何でも聞く犬となり果てたのです。それにより、彼の協力得ることができた!」


「言い方……」


「な、……本当かっジャン」


 カッと驚きに見開く王子の視線を受けたジャンは、すっと目を逸らした。


「なるほど、それでジャンお前はこの犯罪者共を牢獄から出したということか。これは厳罰ものだよ。君は騎士失格だ」


「ふふ、あなたは王子失格ですけどね。なぜなら、王殺害の真犯人はあなたなのだから」


「何を証拠にそんなことを」


「いや、さっき自分で言っていたけどな」


 シウスが半眼で呻く。


「まだ惚ける気ですか。いいでしょう。あなたがどんな手で王を殺したのか答えてあげます」


 シウスは息を飲む。ついに真相があばかれる。

 みなの視線がベアトリーチェに集まっていく。


「あなたは王をさきほどの針によって【凶戦士】のエンチャントを掛け、殺害した」


 王子が一瞬、目を見張るがすぐに口端を笑みに変える。


「僕がやったという証拠はどこに? この針は――そう。キャシーに昨日、袖がほつれていたので縫ってもらいそれを返そうとしただけだ。そして伯爵を王殺しの犯人だと打ち明けられたので、動揺でその針をキャシーに刺してしまっただけだ。実際はゴーレムだったようだがなっ」


 少なからずキャシーとのひと時に思うところがあったのか、最後の言葉はちょっと怒っているようだった。

 だが王子の言うとおり針は折れてしまった。王子の様子だと検証することは不可能なのか。


「いえ、犯人はあなたです。あなたは、一度私が【凶戦士】のエンチャントを解いた後、再びその針で王を凶戦士化し、王の精神と体を内から破壊し、死に至らしめた」


「君のいうことが本当だとしても僕が例えばこの針で王を刺し【狂戦士】の魔法をかけたとしよう。だが、その時点で君がいうとおりエンチャントだとしたら、その瞬間に王は狂戦士化してしまう。でも実際は僕が寝室を後にして母が訪れた後に魔法は発動したはずだが?」


 その通りだ。だからこそシウスはもう一つの答えに辿りついた。伯爵がメイドをたぶらかし王妃が退出した後に、メイドに針を持たせ魔法を発動させた。

 それ以外にないと思っていた。

 そんなシウスにベアトリーチェは一つの案を提示した。


 ゴーレムさんと伯爵を囮にすることで王子を嵌める。

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