六章 容疑者と花嫁⑦

 どこまでも階段が続いていく。螺旋の階段というのはそんな錯覚させるとシウスは思う。まるで終わりの見えない冒険をしている自分の一生のようだと。ただ螺旋階段にも自分の一生にも終わりはある。


(さしずめ死という終わりかな)


(何を言っているんですか?)


(いや、こっちの話だ)


 ゴーレムの前方には伯爵の背中が見えている。


「くふふふ。キャシーよ。本当によいのか? よいのか? お主のそのぉ~」


 伯爵が気色の悪い笑みでゴーレムを好色な目で見つめてくる。


(くっ、花嫁道を極め足る者、これくらいの変態で怯んでいられないわ)


(そういうとこは尊敬するよ)


 伯爵は意気揚々と軽い足取りで上っていく。

 伯爵はゴーレムを振り返っては、これから起こる官能の時に想像を膨らせているようでガマのような笑みを浮かべている。

 ゴーレムが心なしか身の危険を感じているのがわかる。

 階段が終わり塔の最上階へと到着する。一室だけの部屋に鉄格子が中央に走り、広間を分断している。ここはもっとも凶悪な罪を犯した者を幽閉するために作られた牢獄。


「くぅ~、これは牢獄プレイというものか? 看守と囚人になって? あ? それとも囚われの姫を救いにきた勇者プレイ」


(ゲスだな……)


(……ゲスですね。しかし、最高の花嫁を目指し者。これくらい)


(無理すんなって)


 牢獄は扉が開いている。


「御意」


「この中に入るのか? 私が囚人役かい? それもまたよしだ。ぐひょひょひょ」


 伯爵は下卑た商人のように手を摩り、ゴーレムをちらちら見ながら牢獄の中に入っていった。


「さあ、君もこっちへ――」


「御意」


 扉を閉め、そして鍵穴に鍵を差込、回転させる。

 ――カチャリと音が響く。


「お、おい、君もこっちに来るんだろ? どうして鍵を閉めるんだ? なあ?」


 伯爵はうろたえ慌てて格子に飛びつく。


「エンリケ伯爵……、あなたが、王を殺したのですか?」


 声はゴーレムの背後から聞こえてきた。


「ん? だ、だだ、誰かいるのかっ?」


 背後から現われたのは金髪碧眼の青年。その顔には戸惑いが浮かんでいる。


「アレク王子――、なぜ、あなたがここに、それに王を殺した? いったい何を言って」


 突如姿を見せたアレクに伯爵は疑問を口にする。


「も、もしかして、三人!? 三人なのか!?」


(こいつ何言ってんだ)


(くっ、手ごわいですね)


「御意」


「な、なんだと? 私が王を殺した真犯人だと!? いったい何を言って」


 ――数時間前。

 ランタンの灯りに照らされたアレク王子はゴーレムの話を聞き、驚愕した。


「ま、さか、エンリケ伯爵が王を殺した真犯人。その話が本当であれば許されないことだ」


 ゴーレムによってその犯行方法を聞かされ驚愕に碧眼を見開いた。


「【狂戦士】? 教えてください。あなたはいったい何者なのです?」


「御意」


「王殺しの犯人を調査にきた森の魔女の使い? なるほどそれであなたの強さが納得できる」


「御意」


「分かりました。僕も父を殺した真の犯人がいるのならば、それを許すことはできません。あなたに協力します」


「御意」


「ええ、もちろんです。伯爵が本当に【狂戦士】という魔法を使い、父を殺した犯人であれば、二人の解放はお約束します」


 これが数時間前のやりとり。そして、伯爵は誘い込まれた。


「どういうことだ! 私を騙したのか」


 伯爵の顔には見る見る怒りが満ちていく。


「騙すなどとは、その言葉そっくりあなたにお返ししますよ伯爵。まさかあなたが父の殺害の真犯人だったなんて。最初は信じられませんでしたが、このキャシーさんの話を聞いてあなたが王殺しの犯人であることを確信しました」


「確信……? 王殺し? いったい先ほどから何を言って」


「キャシーさんからすべて聞きました。あなたの諸行はまさに悪魔だ」


「キャシー? キャシーが何を知って? おい! これはどういうことなんだ! 答えろ」


 伯爵は怒りを露に牢の中からゴーレムに掴みかからんばかりに怒鳴りつける。


「御意」


「? 私がエンチャントのマジックアイテムを使い、王を凶戦士にしつづけ殺した? 私が召喚アイテムでモンスターを呼び出し、城内を襲わせた?」


 伯爵は戸惑いを浮かべ、しがみついていた格子からよろめき離れる。その目には正体不明の魔物でも映っているかのような恐怖が浮かんでいた。


「何を言っている? 私は、私はそんなことは、していない」


 時計の針が十二時をさしたのか、くぐもった鐘の音が城に響く。それは不協和音のように伯爵に降り注ぎ、その心を捻じれさせていく。

 どこかで道を間違ったのわからず後悔の念が渦を巻く。螺旋の階段は針金のように折れ曲がり、伯爵をどこか異次元にでも迷い込ませていくようだ。


「往生際が悪いですね伯爵。あなたはあの夜、王の寝室を訪れ、あろうことか王付のメイドに近づきかどわかし、【狂戦士】化させる針を渡した。そして母が寝室を出たあとに何も知らぬメイドがあなたの言うままにその針を王に突き刺し【狂戦士】を発動させた。王は最後の命の灯火を燃やし真相を知るメイドを道ずれに死んだ。あなたは父の暗殺を成功させたわけだ。思えば、僕の結婚式も父の暗殺のための隠れ蓑だったわけですね」


 王子は悔しい思いを吐露するように真相を口にした。


「さあ、観念してください伯爵。あなたにはしかるべき罰を受けて頂きます」


 そして――。


 アレク王子がゴーレムの背後で薄ら笑いを浮かべる。

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