六章 容疑者と花嫁⑥

(どうにも王妃が殺したとは思えねーな)


(気丈に振舞ってはいても哀しみがにじみ出て痛々しですね。彼女は王を愛していたのですね)


(だとしたら、犯人は王妃じゃねーのか? だったら、いったい誰が、どうやって)


(禿げ大臣にはまだお話が聞けていませんでしたね)


(あんたのせいで追いかえされたからな)


(あの禿げ大臣、王の死を王子の戴冠式までは他の国に隠しておきたいはず。それまでは伯爵を城に止めておきたいはずです。それを餌に釣ってみますか)


 ゴーレムは再び大臣の部屋の前へ。


「……誰だ」


 やはり神経質な声が扉の向こう側から聞こえてくる。

 まるで今はわずらわしいことに関わっている暇はないと、言外に含んでいた。


「御意」


「食器を下げにきた? 入れ」


 そこには変わらず机の前で書類と格闘している大臣の禿頭があった。


「食器はそこにある。さっさと持って外にでろ」


 大臣が視線だけでさした場所には朝ゴーレムが訪れたそのときから手をつけられた形跡のない朝食がそのままに置かれていた。


(こりゃ取り付く島がねえな)


(ふふふ。やはりですね。こういう仕事人間には――ゴーレムさん)


「御意」


 ゴーレムの言葉に大臣の動きが止まる。


「何をそんなに焦っているのかだと? ふん、メイドの分際で私の仕事のことが分かって堪るか。用が終わったのならさっさと出て行け」


「御意」


「――伯爵をこの城に止めるのに力を貸してもいい? どういうことだ」


 初めて大臣の目線がゴーレムに向けられた。


「御意」


「王子の戴冠式前に王が死んだことを他国に漏らされたくはないでしょう? そんなことになれば、隣国との政略結婚は白紙に戻り、王の不在による不安定な国の情勢につけ込み各国が黙ってみているはずはないのだから? ただのメイドにしては随分と国の事情に詳しいようだ」


「御意」


「これくらいは国を憂う者であれば周知の事実? ふん。貴様何者だ? 聞けば魔物を倒し、『人狼病』に感染したメイドの症状も治したと聞く。ことと次第によっては――、と言いたい所であるが、本当に伯爵を止めておけるのであれば、貴様との取引応じないわけではない。貴様、何が目的だ?」  


(食いついたな)(ええ、でもこれからです)


 ゴーレムは大臣に近づくとその銀台からティーポットとカップをことりと置いた。


「何をしている」


 ゴーレムは無言でポットを傾けカップに琥珀色の液体をそそいでいく。ゴーレムはそっと大臣の手元に差し出した。カップから漂う香りに大臣は戸惑うようにゴーレムを見上げる。


「御意」


「私からの条件は一つ、あなたに食事をしてほしい?」


「御意」


「ふんっ。飲めばいいのだな?」


 大臣はカップを手に取りぐいっと一口飲む。

 その目が見開き、驚く顔でカップの中に視線を落としている。


「美味いな……」


「御意」


 大臣はもう一口を飲み、二口目、三口目とついにはすべて飲み干した。そして、余韻を楽しむかのように大臣は目を閉じ、しばらく黙していた。

 そして、グウ~っと音が執務室に響く。大臣の顔が赤く染まり咳払いをする。

 ゴーレムは無言で手付かずの朝食が乗った銀のトレイを大臣の前に置いた。


「御意」


「腹が減っては、戦はできぬ? 知ったふうな口を――」


 大臣は書類から目を離すとスプーンを持ちスープを飲み、固くなったパンを千切りスープに浸し口に放り込む。


「冷めているがとても美味い。うん。美味いな」


(けっ、素直じゃねーな)


(ゴーレムさん)


「御意」


「あのエセ魔法使いが帰ったあと王に近づいたか? ああ、私はエセ魔法使いが帰ったあと、ずっと王の側にいたよ」


 大臣の瞳に涙が滲む。


「私は王のためならこの命捨ててもかまいはしなかった。私が王の狩を止めていればこんなことにはならなかった。私があのエセ魔法使いを止めていれば王は死ぬことはなかった。そう考えると悔やんでも悔やみきれない。せめて王と同じ病気にかかって死ぬのなら本望かもしれん」


(……っけ、しみったれてんな。なあ?)


(さっきからエセ魔法使いって誰のことかしら?)


(おい、落ち着けよ)


「御意」


「それで伯爵が私を訪ねてくるまで王の寝室にいたかって? ああ、確かに伯爵が来るまでは、寝室にいたが、別に伯爵は私を尋ねてきたのではない。伯爵は王付のメイドとどうも逢瀬をかわしていたようだ。まったくあの男がかの国との橋渡し役でなければ、即刻この城から追い出してやるものの」


 その顔は嫌悪を浮かべる。



「あの変態伯爵、大臣を尋ねたんじゃねーのか? 幼女趣味だけじゃねーのかよ。王の寝室で何をやらかそうとしてたんだよ」


 シウスはその想像にげっそりとした顔になると、ふと気づく。


「それって王に殺されたメイドってことだよな? ちょっと待て。 伯爵とメイドは通じていたってことか。もし伯爵が浮気じゃなく、メイドに王の暗殺を手伝わせていたら? 【狂戦士】化させることができる針をメイドに持たせ、王妃が出て行った後に、何も知らないメイドに魔法を発動させた。王は狂戦士化し最後の命の灯火とともに、メイドを襲い死に至った」


「だとすると最後に訪れなくとも王に【狂戦士】をかけることができますね」


 二人がある答えに辿り着きかけていたとき、牢屋の出口の扉が開く音が聞こえてきた。

 カツカツと石畳を鳴らす足音が近づいてくる。

 二人の牢の前に足音の人物が現れると、シウスは皮肉に口端を歪ませた。


「よう。遅かったじゃねーか」

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