六章 容疑者と花嫁②
ゴーレムは食事を載せた銀の台車を押し廊下を歩いていた。まるで芝生のような赤い絨毯によりゴーレムの足音を幾ばくか吸収してくれている。
(まずは状況整理といきましょうか)
(情報だと俺らが城を出て行ったあとは、五人の人間が王と接触しているだったか)
(ええ。王の寝室を守っていた兵の情報ですね。寝室の唯一の入り口には兵がたち、寝室の唯一の窓は開け閉めはできず魔法攻撃にも耐えられるようにミスリルにより作られていた。窓からの侵入の形跡はなかった。これにより、容疑者は寝室を訪れた四人、そしてお付のメイド。この五人の容疑者に絞られる)
(大臣、伯爵、王子、王妃。それと王の世話していたメイドだな。だが、メイドは王が狂戦士化したときに襲われ命を落としている)
(ええ。実質、四人ですね。退出の順番は確か――大臣、伯爵、王子、王妃ですね)
(直に話を聞いて探りをいれる必要もねー。犯人は王妃だ。【狂戦士】の魔法は即効性がある。王の狂戦士化は最後に王の寝室に入った王妃の後だって話だろ? いよいよ追い詰めたぜっ。あのババアの首根っこ捕まえてひいひい言わしてやらあ)
(本当に犯人は王妃でしょうか? 確かにジェシカさんがゴーレムさんに助けを求めなかった理由は【狂戦士】の魔法は即効性があり、助けを求める時間がなかったからでしょう。つまり魔法の即効性のことを考えると王を狂戦士にした犯人は最後に王の寝室を訪れた人物――王妃、ということになります。けど、そんなに単純でしょうか?)
(つったって、【狂戦士】の即効性はあんたが言い出したんじゃねーか)
(ええ、でもこれではまるで手間隙かけて作った料理を適当な味付けで仕上げるような印象が見受けられるのです。最後にこんな単純な手を使うでしょうか? という疑問ですね)
(まあ、確かにそうだな。もし俺達が城の誰かと繋がり、もし王と接触した最後の人物の情報を知りえれば、そいつが犯人だと特定できちまう)
(その通りです。これでは最後の詰めがどうも甘く思えます)
(だああっ、よくわかんなくなってきやがった。とりあえずは他の容疑者に事情聴取だな。もしかしたら、ジャンから聞いた入室の順番が間違っている可能性もあるものな)
(そうですね。あ、ゴーレムさんが第一の容疑者の部屋へつきましたよ)
扉がゴーレムによってノックされる。
「誰だ」
どこか刺のある神経質な声が扉の向こうから聞こえてくる。忙しなく余裕のない様子を滲ませているのが分かる。ゴーレムの緊張が伝わってくる。
「御意」
扉の先には事務机の資料の山に紛れ、禿頭が顔を覗かせていた。
「食事か? そこにおいて置いてくれ。置いたらとっとと部屋から出て行ってくれ」
大臣は目線だけをちらりとこちらに向け、姿を確認すると興味を失ったように書類の山に戻っていった。メイドにかまっている暇などないと大臣は書類の文面に視線を走らせ続けている。
(王が死んだことで、葬儀の段取りやなんかで仕事を追われているようだな)
(ええ、まあ。通常の業務もさることながら、メイドさんたちによると王子の結婚の準備も行なっていたようです。まさに膨大な量のようですね。あの禿頭に血管浮きあがっています。千切りとってやろうかしら)
(まだ根に持ってんかよ……)
(あら? シウスさん女性は男性に受けた屈辱は忘れることはないのですよ?)
(……)
ゴーレムは資料の詰まれていない箇所を見つけそこにトレイをそっと置こうとする。
(で、どうやってこいつが犯人かどうか調べるんだ?)
(もちろん! 私の花嫁テクを使いこの大臣を籠絡するのです!)
目眩がシウスを襲う。
(ゴーレムさん。見せてあげるのです。秘儀『鞭と嵐と雨』)
ベアトリーチェは高らかに叫んだ。
(いや『飴と鞭』は知っているけど、『嵐』ってなんだよそれ)
そっと置こうとしてピタリと止まりゴーレムの腕が突然資料の山を吹き飛ばす。舞散る資料の中、突然の暴挙に驚愕する大臣の禿頭が光る。
「――!?」
(まずは『嵐』)
(いや順番通りじゃねーのか。大臣びっくりしてるじゃねーか)
そして、空いたスペースにドガチャンっと乱暴にトレイが置かれる。
(そして『鞭』!)
ゴーレムは大臣の背後にある窓を開け放つ。外の風が室内に吹き荒ぶ。
(おおい! 再び書類が吹っ飛んでるよっ!)
驚愕して固まる大臣の肩にそっとゴーレムの手が置かれた。
「御意?」
(そして、『飴』)
と優しく微笑む。
「でてけー!」
バンっと部屋から締め出される。
(おかしい。私のお嫁スキル『鞭と嵐と雨』にかかれば男性はころりといくはずなのですけど)
(いや、いかない。おかしくはない。てかこれを機に嫌がらせしてるだけだろう?)
(ん?)
(さて気分もすっきりしたことですし次は隣国の伯爵様にお食事を持っていきましょうか?)
(やっぱ嫌がらせじゃねーか。なにしてくれてんだよ。追い出されちまってなんも聞けなかったぞ)
(伯爵様において王様が亡くなることでどんな利益が考えられるでしょうか?)
(んー、エンリケ伯爵は帝国の王女とフランドルのアレク王子との結婚の橋渡しの役目を担っていた。王が死んでなけりゃ今頃は王子の結婚式の準備の真っ最中だったって話だが。一見するとまあ、役目が頓挫して損しているように見えるが――それは表向きの話で、実は王暗殺が本来の目的だったとすれば)
(ふむふむ。つまり帝国から暗殺の依頼を受けていたと? 見返りはこの国の利権とか? そう考えると王殺害の動機には充分ですね。だとすれば目的を遂げた今となってはこの城からは早々に引き上げたいかもしれませんね)
ゴーレムがその扉の前に銀の台車を止める。
扉をノックする。
「御意」
「食事……? 入れ」
扉の先には大きな窓に、豪奢な赤いカーテン。趣向が凝らされた調度品の数々。それらが置かれる台にも装飾が施されている。
伯爵は本を片手にラウンジチェアに背を預けていた。
本からは目を離しこちらを注視している。
(警戒されているな)
(さあゴーレムさん。お食事をお運びするのです)
「御意」
エンリケ伯爵は食事を用意するゴーレムを警戒した様子でこちらを観察している。
「やあ、今この城で何が起こっているのか教えてくれないか? 王の病気が使用人の一人に感染したために大事をとって部屋にいてくれと言われたのだが? これじゃあまるで監禁だ」
声に脅えはなくどこか余裕を感じさせる。
(ずいぶん余裕じゃねーか。こいつが犯人なんじゃねーか?)
(ゆっくり読書なんかしていましたし。王の病気が感染したと伝えられているにしては恐れているようにも見えないです。素直に質問に答えてくれるとありがたいのですけどね。ゴーレムさんまずは伯爵の問に答えてください)
「御意」
「何? 魔物の大群が城に湧き出て、王の遺体の管理をしていたジェシカという使用人が王と同じ症状を発症させ、気が狂ったように暴れたと? それで私もその病気に感染している可能性があると?」
「御意」
伯爵は一考するように顎に手を添える。口端が笑っている。
「まるで王の呪いだな。くははは」
(……嫌な笑いだな)
(……ゴーレムさん)
「御意」
「魔女の弟子が王の黒の斑を一度、治した後、その後何をしていたかだって? 魔女の弟子が王に止めを刺したの間違いだろ? なんでそんなことを聞くんだい?」
(このちょび髭はどうもイビられたいようですね。ゴーレムさんマッサージしてあげなさい)
(お、落ち着けって。そこはぐっと我慢をして、王が死んだ後に感染力が強くなった可能性があるとかなんとか言ってその日の行動を聞くんだろ?)
「御意」
「なるほど、、その後、王に近づいた者が感染している可能性があるということか。そうだね確かに私は王が亡くなったと聞き、一度駆けつけた。その時すでに大臣、王妃、王子がいたよ」
「御意」
「その前は何をしていたか? なぜ使用人の君にそんなことまで話さなければならない?」
伯爵がこちらの意図を探るかのように目が細そまる。まるでゴーレムの先にいる人物を見透かすでもするように。
シウスの精神にゴーレムの緊張が伝わり、急速に空気が張り詰めていく。
(……やべえか、もしこいつが犯人だったら――)
伯爵がにやりと笑う。
「もし私が王と同じ病気を発症しても君が治してくれるのだろう? ジャン君からそう聞いているよ。まあ、このまま発症しないに越したことはないが。それに王が死んだ今となっては私は帝国へと報告する義務がある。できれば早々に国に戻りたいのだがね。王子の結婚の件は一度帝国に持ち帰りたくてね」
(こいつ、やっぱり帝国からの刺客か)
(ふっふっふ。それではここらでしかけますか)
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