六章 容疑者と花嫁③
(シウスさん、伯爵が読んでいた本のタイトルみましたか?)
(いや?)
(そうあの本のタイトルは『ロリ姫とジュリローネ』! 王族の姫と貴族の悲恋を描いている物語です。ある夜会により出会う二人ですが、姫は十五になったばかり、ジュリローネは四十のおじさん。二人の間には年の差という障害が立ちはだかり決して結ばれてはいけないと分かっていても、その障害に更に恋を燃え上がらせ欲情する四十のおっさん貴族! そして貴族は姫を誘拐し駆け落ちするのです)
(すごくエグい話だな)
(四十のおっさんが、幼女しか愛せないというその性癖が、まさに悲恋)
(いや犯罪だよ)
(とにもかくにも伯爵様は自分の境遇を重ね、そんな恋を、ロリ姫のような花嫁を欲しているのかもしれませんね)
(いや、おっさんすでに結婚しているんじゃないか)
(それとこれとは別ですよ。シウスさん、別腹という言葉ご存知ですか?)
(いやこの流れでその言葉はかなりエグいわ)
(伯爵様にはすでにゴーレムさんが幼女に見えているでしょうね)
(別の意味でそうとうやべーよ。あぶねーよ。ついでに姫要素は一切関係ないんか)
(作戦開始!)
(……)
ゴーレムは伯爵の座るラウンジチェアの傍に置かれた丸テーブルにトレイを置いた。
そしてスープを匙で掬い、伯爵の口元へと運ぶ。
「御意」
「……な、なんと。食べさせてくれるのか?」
瞬間、男の雰囲気ががらりと変化した。伯爵の目がにやりと笑む。その体からまるで欲情した動物のような体臭が吹きだしてくるような笑みだった。
(『ロリ姫とジュリオーネ』の一節にジュリオーネがロリ姫の十五歳の誕生パーティに呼ばれた際にケーキをあーんしてもらって恋に落ちるシーンがあるのです)
(どういう流れでそんなシーンになるんだよ。つまりそのシーンの再現して伯爵を油断させようってわけだな)
ゴーレムの匙を持つ手が震える。その震えを止めるように伯爵の手が吸い付くように腕に絡んでくる。そして伯爵はもう一度笑い。大きく口を開いた。
「あ~んむ。ん~、美味しい。なァ?」
匙を咥えたまま伯爵が上目遣いにゴーレムの瞳に絡んできた。
(おい……? 上手くはいっているが)
(……想像以上のど変態ですね。これ)
「君の腕は見た目よりもずいぶんたくましいんだな? さすがモンスターを倒すだけある」
伯爵の目がまるで美味しいキャンディでも見つめるようにその手に持たれた腕に注がれる。
(このおっさんゴーレムの腕に欲情しているんだな)
(まさにド変態ですね)
(ゴーレムが完全にビビッている気持ちが伝わってくるんだが)
「さあ、もう一口食べさせてくれないか? 君のそのか細くもたくましい手で」
伯爵は腕を愛でるように撫でまわし、ゴーレムの指をしゃぶり尽くすようにその匙からスープを口に含んでいく。
(お師匠様に花嫁には教養も必要と手わたされた『ロミジュリ』よもやこんなところで活きるとは思いもよりませんでしたね。さすがお師匠さま。もし旦那様がちょっとだけ、ど変態だった場合、このようなことが起こりえるかもと一読しておきなさいと進めてくださったのです)
(いや、その前に変態を見抜く術を学べよ)
(ゴーレムさん。今です)
「御意」
ふいにゴーレムは伯爵がしゃぶりついていた匙を引き抜いた。
「――っ、何をする!」
「御意」
「……なっ……、なんだと。あとは、おあずけだと!?」
伯爵の表情が激変する。
(おい、やばいんじゃないか!?)
(大丈夫です。これは『ロリジュリ』の――っ一節)
ベアトリーチェは口端を吊り上げる。
しばらくの沈黙のあと、伯爵の顔が、我、満ち足りたといった満面の笑みを作り上げた。
「…………。しょうがないなァ~。君がそういうのなら~」
(ドM、だと……)
シウスは驚愕した。
(ジュリローネもまさにドМなのです)
ゴーレムは匙をトレイにことりと置くと、そのまま立ち上がり部屋の扉へと向いかけた。
「お、おいっ、まってくれ話すっ、な? 君の知りたいことは話すよ。協力する、だから、な?」
その背にしがみつくように声が出される。
「御意」
ゴーレムの一言に伯爵の顔が、豚が食事にありつくときの歓喜の鳴き声のように晴れ渡る。
(ミッション、コンプリート。もう彼は――ゴーレムさんの虜)
ゴーレムは扉のノブを回し部屋から出る。その、ド変態の求愛をその背に受けながら。
(幼女趣味だけではなくドM……こんな野郎の嫁は大変だろうな)
(シウスさん。これだけ言っておきますが、この世界で夫婦として生活している者達は聖人ではありません。伯爵のこの性癖もまた包み込むことのできる花嫁。それもまた一つの嫁としての形ではないでしょうか?)
(遠い目してなに言ってやがんだ。まあ、おかげで王が死ぬ直前の状況が見えてきたけどな)
(ええ。伯爵は王と進めていた王子の婚礼を大臣に相談するために、王の寝室を訪れた。その後は大臣とともに寝室を後にした)
(そのときに見た王の顔色はよく、まさか死ぬとは思わなかったと)
(伯爵の話が本当であればですが。今はこれでよしとしましょう。この話が嘘か真か、他の容疑者の話を聞いていけば綻びもでるやもしれません。では――次にいきましょう)
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