六章 容疑者と花嫁①

 朝陽が顔をだししばらくした頃、ジャンは血相を変えて廊下を進んでいた。


「大臣! 大臣はどこです!」


「ジャン! あの魔物はいったいなんなのだ!」


 大臣がジャンの声に反応し、呼びかけに応じてきた。

 その顔は険しくこの城で何が起こっているのか説明せよとまくし立ててくる。


「はっ。原因はまだわかりませんが、突如魔物が涌き出たとしかいいようがありません。しかし、問題はそこではありません。王の遺体の世話を担当していたジェシカという娘が王の『人狼病』とそっくりの黒の斑を発症したのです。彼女は凶暴化しあろうことか僕の大事な花嫁――はっ、いえっ他の使用人を襲ったのです」


「花嫁? ん?」


「大臣! 重要なのはそこではありません。王の病気が別の者に感染したのです。このまま放っておけば大変なことに」


「んんむ」


 大臣はジャンの言葉に息を飲む。


「……しかたあるまい」


 その後、ジャンによって大臣にジェシカの病気の発症が伝えられ、王と接触した人物、ジェシカと接触した人物はしばらく隔離されることになった。

 といっても王の葬儀が行なわれる二日後までそれぞれの部屋で待機という簡易的なもの。それ以上は王族や伯爵を押さえつけるのは難しいだろう。


「キャシー殿。あなたをこれ以上危険な目に合わせることは本位ではありません。ですが『人狼病』の治療はあなたにしかお願いできない。僕もしばらくは詰め所にて待機しますので、何かあれば兵を通じて報告をください」


「御意」


 ゴーレムは唯一発症した病気を治すことができるために、要人のお世話係へと就任した。


(これで容疑者へと接近できますね。ただゴーレムさんが病気を治せることは、伝わっているはず。つまり、犯人にはゴーレムさんが【狂戦士】を解呪したことと捉えられ、王の死の真相を知る者だと判明してしまっている。そして、犯人にとってはゴーレムさんが自分の尻尾をつかもうとしている謎の人物だと映ることでしょう)


(犯人とおぼしきやつは、今は『隔離』されている)


(そうですね。この『隔離』期間が勝負です)


(探りを入れて誰が犯人か突き止めねーと――で、この部屋に何かあるのか?)


 部屋には大量のモンスターが入り込んできた為だろう割れた窓ガラスが室内に散乱していた。特に目を見張るもののない質素なつくりの部屋。それはゴーレムにあてがわれた部屋とまったく同じつくり間取り。同じ家具。

 テーブルとベッド、隅に置かれた机。彼女が唯一持ち込んだ絵の束が置かれている。

 それと中央に置かれたイーゼル。そこには描きかけの絵が置かれていた。

 ここは、ジェシカの部屋だった。

 ゴーレムは床を見ていた。そこにティーポットがテーブルから落ちていた。木の床板にはティーポットから零れでた紅茶が床に滲みをつくっている。


(ジェシカはお茶を飲もうとしていた。恐らく、昨夜、彼女の部屋に侵入した何者かと争ったあとでしょう。私の予想が正しければ【狂戦士】の魔法は――即効性がある)


 ベアトリーチェは至極真面目な顔で告げる。


(は? 何をそんな当たり前のこと言ってんだよ……。そりゃ元が『エンチャント』魔法なんだから効力が遅れてきたら、使い物に――)


 シウスの眼が見開き、ベアトリーチェは頷く。


(この部屋は兵舎ということもあり作りは大したことはないです。ジェシカさんが襲われていたのなら、物音くらいはゴーレムさんには聞こえていたはず。それが聞こえなかったのは魔物の大群に襲われていたそのとき、恐らくジェシカさんは狂戦士化させられた。ご存知の通り、ゴーレムさんはすぐに部屋を出た。その直後といっていいほどに狂戦士化したジェシカさんが現われた)


(そうだよ。【狂戦士】は即効性がある。だとすると犯人は――どうした?)


 ベアトリーチェが何かに気づいたようにゴーレムに指示をだす。


「御意」


 ティーポットと同様、散乱した絵。その何枚かをゴーレムは手に取り視界に映した。それはこの城の者たちが描かれた日常の絵だった。

 メイド長や使用人、大臣や王妃に王子、王も。

 ジェシカの手によって日常のシーンを切り取るように描かれたその絵には見る者もどこか懐かしくさせる魅力があった。その一枚にベアトリーチェは目を止めた。


(どうした? この絵がどうかしたのか?)


(……いえ、なんでもありません。ではゴーレムさんに給仕をやってもらうがてら四人に事情聴取としゃれ込みますか)


 ベアトリーチェはいたずら猫のように瞳を輝かせる。

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