五章 騎士の花嫁 終

 ゴーレムがジャンの隣を通り過ぎ、そっと手を彼女の胸もとに添える。しばらくするとゴーレムの手が微細に光りだす。


「キャシーさん?」


(――っゴーレムさんストップです!)


「――っ」ゴーレムの手が輝きを失う。


(おい!? どういうことだよ)


(……ジェシカさんには申し訳ないですけど。しばらくはこのままでいて頂きましょう)

(――っな)


(考えても見てください。もしゴーレムさんが魔法を解呪できると知れたら、犯人は今度こそ本気でゴーレムさんを亡き者にしようとするでしょう。恐らく今は犯人もこの計画の不純物を取り除くくらいの考えのはず)


(だったら、ジャンに口止めすれば――)


(ジャンさんは恐らく頼めば事実は洩らさないでしょう。しかし、人の口には戸は立てられないと言葉があります。ジェシカさんが王の病気にかかり人を襲ったというのは他の兵士の方も見ておられます。そして、そのすぐあとにジェシカさんが回復すれば? 恐らく犯人はすぐにゴーレムさんにたどりつく。それこそゴーレムさんの危険が増します)


(しかし、だな――)


 ゴーレムの視界には狂気に歪んだ顔で獣の唸り声をあげ、もがくジェシカの姿が映っている。

 すぐに解呪しなくともジェシカの命に別条はないかもしれない。だが――。


「御、御意っ」


 そのときゴーレムが声をあげた。


((――っ))


 瞬間、シウスの中に『助けたい』という感情が濁流のように流れ込んでくる。


(これはゴーレムの感情……)


 そこには目の前の苦しむ少女をただ助けたいと願うゴーレムの思いだけがあった。

 シウスはふっと笑み、隣のベアトリーチェに視線を移す。

 ベアトリーチェは溜息を吐き、困ったように笑みを浮かべた。


(当のゴーレムが、ほっとけないようだぜ?)


(ゴーレムさん分かっていますか? 何が起こるか分かりません)


「御意」


 ゴーレムの声には迷いはなかった。


(はぁ。ではゴーレムさん、ジェシカさんの【狂戦士】を解呪します)


「御意!」


 ゴーレムの手が再びジェシカの胸へと添えられる。

 ベアトリーチェが呪文を唱え、ゴーレムの内に魔力が膨れ上がっていく。手が燐光を帯、その手の光がジェシカに乗り移るように輝きだす。光が完全にジェシカを包むと黒の斑は消えうせていった。

 ジャンが信じられないと息を飲む。


「……あなたは、本当に何者なんだ?」


 ベアトリーチェは我が子の成長を微笑ましく見守る母親のような笑みを浮かべていた。

 シウスはぽりぽりとこめかみを掻きながらふとした疑問に辿りついた。


(おい。あれで【狂戦士】は解除されるのか?)


(ええ。私の手にかかればあんなの楽勝ですね)


(ちなみに、最初の王の首を締め上げ吊り上げるあの行為は、必要だったのか?)


(……)


(おい? もしかしてあれって、大臣に言われた嫌味の怒りが収まらなくて八つ当たりで王の首絞めていないか?)


(……)


(なあ、ふと思ったんだが。そもそもあんたが一時の感情に任せてあんな行動しなきゃこんな目にあってなかったんじゃないのか?)


 ベアトリーチェは、ぷいっと顔を背ける。


(聞いている? ねえ、聞いている?)


 シウスはじと目でベアトリーチェを追い詰める。


(とりあえず、ゴーレムさん。彼女はこれで大丈夫だということを伝えてください)


(おおおい!)


「御意」


「すばらしい。剣の腕だけではなく、治癒魔法まで使いこなすなど」


 ジャンは嘘のような夢うつつのような顔でゴーレムを見つめている。


(ゴーレムさん。私が王の【狂戦士】を解呪したあとから王が遺体となり発見されるまで一体誰が王と接触していた可能性があるかジャンさんにそれとなく聞いてください。ジャンさんにはもちろん【狂戦士】の魔法のことは伏せて置いてくださいね。あくまでこれは王の病気の感染の可能性があるため、必要な処置を取るために必要なことだと)


 シウスはベアトリーチェのやろうとしていることを察した。


「御意」


「――なぜそのようなことを?」


 ジャンの瞳が一瞬、するどく細まる。

 ジャンは使用人にそんな情報もらさない。とはシウスは思わなかった。なぜなら――。


「ええ。確かに王は森の魔女によって『人狼病』の治療を受け、少なくとも私の目には回復したように見えました。ですがその後、王は死に至った。実は私は魔女の弟子を連れてきたシウスという者とは旧知の間柄だったのです。だからこそ彼があのようなことに加担するのは疑問だった。そして少し調べてみたのですが、あの者たちが城を出て王に接触した人物は、アレク王子、マーサ王妃、エンリケ伯爵、大臣、そしてお世話係であったメイドこの五人でありました。王の寝室の前には常に兵が見張りとして立っております。彼らに当時の状況を聞いたかぎりではこれは間違いないかと。ただ、世話をしていたメイドにいたっては、見張りの兵たちに聞いたところ――異様な呻り声、そして悲鳴が聞こえ扉を開け放つと、王がメイドに襲い掛かっていた。すぐに救出はされたのですが、とき既に遅し事切れていたと。そして王もまた、あとを追うように力つき眠るように死に至ったと――。その後、ジェシカという使用人が王の遺体の世話係の役目につきました。遺体に触れたことで病気がうつったのでしょうか? だとしたら王に接触した人物も発症の可能性が……。大臣、マーサ様、アレク王子、エンリケ伯爵――この方々にもしものことがあれば。キャシーさん私たちの結婚式はいつ挙げましょうか?」


 それからジャンは世迷言も混じえぺらぺらぺらぺらしゃべってくれた。

 ジャンはゴーレムに求婚までしてしまうほど相手に気を許している。質問すればゴーレムに対してエロい視線を送りながら答えてくれるに違いなかった。


(では、ゴーレムさん。この状況を逆手に取らせていただきましょう。――彼らを感染のおそれ、そして他の者にうつす危険があるために『隔離』していただくのです)


「御意」


「そうですね。もし王の病気が移るようなことがあれば一大事。このままでは城の要人を中心に床に伏せってしまえば、それこそ国がなりたたなくなるやもしれません。王族の方々にはしばらく不便な思いをさせてしまいますが致し方ありません」


「御意」


(その中の四人の誰かが犯人の可能性があるな)


(いえ、殺されたメイドをいれて五人、ですかね)


(五人? いやだってメイドは殺されたって話じゃねーか)


(シウスさん。今の段階ではそのメイドも容疑者から外れません)


 ベアトリーチェは言う。


(それともう一つ調べてみたいところが。ただ今日はさすがに限界ですね)


(そうだな。眠い)


 二人はいびきをかき始めた。

 牢の前に看守が立っている。


「こいつら……」


 看守の額の青筋が痙攣していた。

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