五章 騎士の花嫁④
空が白みを帯びてきた頃、最後の一匹が切り伏せられた。城内には兵士たちが見回りを行い警戒にあたっていく。
「救護班! 彼女を手当しろっ」
メイド長の代わりに傷を負ったジェシカに兵たちが駆け付け手当をしていく。メイド長はそれをどこか信じられないというように見ていた。
「な、なぜ……、なぜ、ジェシカ、あなたが私を……」
(ジェシカは本能的にメイド長を襲おうとしたんじゃないのか? 損な役回りを押し付けられた仕返しにな)
(かもしれません。でも、そうではないかもしれませんね。まあメイド長は助かり、ジェシカも狂戦士化していたおかげで傷はそれほど深くはないでしょう。被害は少ないに越したことはありません)
シウスは肩を竦める。
「無事ですかっ」
「御意」
「……あなたのおかげでこの屈強を乗り越えることができました。あなたのその統率力一メイドにしておくのはあまりにもおしい。あなたは騎士の理想だ」
ジャンの瞳には敬意と感銘が浮かび、それとは別の感情もうつしていた。
ゴーレムの手が包みこまれるように握られる。
「私の――伴侶になってほしい。まさに理想の花嫁だ」
((――んなああ!?))
「御……、御意!?」
あまりの急展開にしばらく二人と一体は理解が追いつかない。
ベアトリーチェも混乱しているようで目を白黒させている。
「あなたは僕の理想なんです。まるで勇者伝説に出てくる戦姫のようだ。勇者の隣には常にその背中を預けて信頼に足るオーガのような強さをもつ女戦士と共にあったと聞きます。彼女は勇者の危機には必ず駆けつけその窮地を一緒になって突破すること幾度。二人の間には代えようのない絆が生まれ、死すときも一緒だったと聞きます。あなたはまるで『戦姫ジャルムダンヌ』の生まれ変わりのようだ。僕のまさに理想の花嫁……結婚してください」
ジャンの瞳がゴーレムを見つめ続ける。
「………………っは、私はいったい何を口走って!?」
我に返ったのか今度はタコのようにジャンは顔を真っ赤にする。
「御、御意……」
ゴーレムの頬が恥ずかしげにほんのり染まり、掴まれた手に視線を落としている。
ゴーレムと精神共鳴が強くなっている分、シウスには悪寒が駆け巡っていく。
(さっさと放しやがれ気持ちわりー!)
「わああああっ、す、すまない。わ、わたしは本当に何をっ」
ばっと手を放した。
両者の間にはしばらくの沈黙が流れた。
(な、なんだこの雰囲気は!?)
(ちょ、ちょっと待ってください。本来ならあのポジは物語のヒロインである私のポジのはず。そうですよね? シウスさん!)
ジャンの好意にゴーレムは素直に照れてしまっているのか、まるでこつこつと煮込んだクリームシチューのような甘い感情を感じてしまっているようだ。だが、その中に面白くないといった異物のようなものを確かにシウスは感じている。
なぜかジャンとゴーレムが接近していくことに嫉妬のような感情を覚えている。
(い、いや、そんなはずは……)
シウスは顔を青ざめ、両手で顔を覆う。
(どうされました?)
ベアトリーチェは構ってもらえず寂しかったのか、拗ねたように頬を膨らませる。
(いや、なにも)
シウスはもう自分がわかんないと涙ぐむ。
「ジャン様。城内には魔物はおりません」
「そ、そうか。だが油断はならない。これより王の葬儀も執り行われる。警備を一層強化し、城内の見回りを行なってくれ。私は、さきほどのメイドの様子を見てこよう」
(ジェシカのことか。ゴーレム、彼女のことが気になる。俺達も同行しよう)
シウスはとりあえず考えてもしょうがないと立ち直った。
「御意」
「そうですか。わかりました。では参りましょう。あなたにも詳しい話を聞きたいですし」
兵士に案内された個室のベッドに両手足拘束されたジェシカが気が狂ったように暴れていた。
「ぐうう、があああああ――っ」
「ジャン様、この娘何度眠らせてもすぐに目を覚まし暴れだします」
兵士の頬や腕にはジェシカによってつけられた傷が生々しく残り焦燥し果てている。ジャンはジェシカに近づき息を飲む。
ジェシカの首筋から頬に至るまで黒の斑がありありと浮き上がっている。
「これは、王と同じ……」
(間違いなく【狂戦士】だ。なぜジェシカが)
(恐らく狙いはゴーレムさん。ゴーレムさんの隣部屋にいたからってところでしょうか)
(隣部屋にいたジェシカが、都合が良かったってことか……しかし、なぜ、ゴーレムを……まさか、王の遺体に接触した、からか?)
(部屋に入室したときの確かに違和感を覚えました。恐らくジェシカさん以外の者に反応する結界のようなものだったのでしょう。それ以外にゴーレムさんを狙う理由が見当たりません。ゴーレムさんの存在がそこで知れたのかもしれません)
(まずいんじゃねーのか? このままだと犯人を追い詰める前にゴーレムがやられちまう……わけねーと思うが。どう考えてもあの魔物も黒幕が用意したとしか思えねー。それにジェシカが狂戦士化されたってことは他の人間もいつでも狂戦士化させられるってことだろ?)
あの針が【狂戦士】のマジックアイテムだとすると、少なくとも【狂戦士】を発動させる針は一本だけじゃないことを意味している。犯人があの針を何本所持しているか不明である以上、最悪この城の者たちがすべて敵になる可能性もある。
古代の禁呪をそうそう乱発できるとは思えないが、それが可能だったら? 黒幕が暴走し手段を選ばなくなれば?
それを示唆するかのようなあの魔物の大群。このままだと状況は悪化の一途だ。
(ですが――これを利用しない手はありませんね。ふふふ)
しかし、ベアトリーチェには何か考えがあるのか舌なめずりすらしている。
(いやあんたマジで腹黒いよな? 俺のミスリルの剣もずるがしこく取り上げたし)
「ぐがあああああ――っ」
ジェシカがジャンに襲い掛かろうと狼に取り付かれたように喰らいつこうと跳ねる。
(――おい、それよりの早くジェシカを治さねーと)
「御意」
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