五章 騎士の花嫁③

「次から次へと、いったいこれだけの魔物、城のどこに潜んでいたというのだっ。そうだ、街は? 街はどうなっている。城内にこれだけ魔物が入り込んでいるということは今頃街は――」

 

 ジャンの剣が羽虫女を切伏せる。その背後から羽虫女が飛び掛る。


(ゴーレム! ジャンの後ろだ!)


 ゴーレムがその声に反応しジャンの顔越しに首に食らいつこうとした羽虫女を串刺しにする。


「――っすまない」


「御意」


 二人は背中合わせになり死角をなくす。


「それにしても本当にあなたはただのメイドですか? その身のこなし只者じゃない。それに……背中を預けたときの、このなんとも頼もしい限りの圧倒的安心感。まるで巨大な岩石にその身を預けるかのような気分です」


「……御意」


 ゴーレムの頬が少し赤くなる。


(まあ実際に岩石だしな。とにかくこの状況をどうにかしないとな。まずはみんな固まるんだ。ゴーレムみんなを集合させろ! 兵士だったら陣形の一つぐらいとれるだろ。奴らは目についたやつを無差別に攻撃している。城の中にまで侵入されたらそれこそまずい)


「御意! グウオォォォォォォォォ」


「「「――っ」」」


 夜天を貫かんばかりの咆哮がゴーレムからあがる。

 咆哮は伝播し、それを受け取った者に言葉として変換される。

 散り散りに戦闘を行なっていた兵士達が我に返ったようにジャンとゴーレムを中心に扇上の陣形を即座に作りあげた。

 羽虫女達の眼が縦に引き裂かれ見開き、一ヶ所に集まった獲物を威嚇する。

 これで羽虫女たちの行動を一つの目標に集中させたことにより城内への侵入は防げるはず。


「こんな状況で不謹慎ながら、私の手は歓喜に震えている。まるで力がみなぎってくるようだ。あなたとならどんなことにでも立ち向かえる勇気が沸いて来る!」


「御意」


「――なんとっ、背後は任せてくれと!? 正面は我ら王宮兵士でだと? それではあまりにもあなたの負担が――っ」


 羽虫女の群が襲い掛かる。

 ゴーレムはそれらをまるで食材でも捌くように斬り散らしていく。その手元は高速で動き、剣筋は刹那の煌きとなる。彼らジャン達にはまるでゴーレムの一歩前あたりに見えない壁でもあるかのように見えていた。


「問題なさそですね。えええい! みなの者、彼女一人に任せては、近衛兵団の恥じぞ! 戦え! 一匹たりとも逃がすな!」


 おおお!! と鬨の声があがる。


(……ゴーレムだけで充分なんじゃねーか?)


 シウスは頭を掻きながら、そのゴーレムの尋常じゃない強さに呆れる。


(何を仰っているのです。ここまでの強さはシウスさんの剣技がゴーレムさんに上乗せされているからです。だからといってゴーレムさんだけで勝てないわけではありませんが。それでは被害を最小限に抑えることはできないでしょう。それに最高の花嫁を目指す者、殿方を立てるということこそ重要なのです!)


 隣で鼻を高らかに、胸をはる三十女。


(……)


(なんか失礼なことを思ってません?)


(え? 全然)


 纏りを見せる兵士達の隊列、乱れるところはあれどシウスの指示で動くゴーレムによりこと細かな立ち回りを見せる。戦局は一変、羽虫女の数も徐々に数を減らしていく。

 ただ兵士たちも疲弊の色が濃く体力の限界は近そうである。


(もう少しだっ、気を抜くなよ!)


「御意!」


「「「おおお!」」」


 羽虫女達の目標は完全に兵士達に向けられていた。

 気がかりなのは、騒ぎが起こってしばらくたつことだ。その為、城内からの俄かな慌しさが伝わってきていた。

 人は騒ぎが起こっていることに気づくと現場へと足を運ぶ習性がある。

 城内に兵士を一人走らせておくべきだったことを今更ながらシウスは後悔する。

 もしこの場に別の人間が現われれば羽虫女の注意を分散させてしまう。

 そうなれば、その人間に危害が及ぶ。

 他の人間に危害が及ぼうが知ったことではないが、ゴーレムの感情と共鳴している ためか、それは絶対に避けなければいけないことだと心がせめぎ立ててくる。


(っくそ、もう少しだっ、後少しで殲滅できる。誰もくんじゃねーぞ)


「いったいこれは何の騒ぎですか!?」


 何者かのその声により、均衡していた羽虫群と兵士たちの緊張の糸が無残にも途切れた。

 その声の主達が姿を見せる。

 そこにはメイド達に囲まれ、いらただしげな感情を隠そうともせずに無造作に近づいてくるメイド長の姿があった。


「何の騒ぎですか! 王が崩御され喪に服さねばならぬこの時、なにをやっているのです!」


(っこんな時に)


「ここは危険です! 城の中に非難を」


「何をいって――っ、?」


 羽虫女の眼が無感動にメイド長を捉え、その眼が弓なりに曲がる。


「キシャアアああアアアア――っ」旨そうな獲物を見つけたことの喜びの鳴き声があがる。

 何匹かがメイド長、目掛けて飛翔した。


「ま、魔物――こっ、来ないでっ」


 メイド長を囲むメイドたちも突然の魔物に戸惑っている。

 羽虫女がその顎をひらき、眼を喜びに歪ませる。

 メイド長の顔から怒りは消えさり、蒼白な顔から悲鳴のような声が絞りでる。


「――やっ、め――ひいっ」


 まるで時間が切り取られたような空白がその場を支配した。

 食らいつこうとした羽虫女の犬歯はその熟し太った首には食らいついておらず、一人のメイドの肩に食らいついていた。

 羽虫女は戸惑いを覚え、首を傾げるように頭を揺らしている。


「あ、わわわわ……、ジェ、ジェシカ?」


「グルルウルウっ」


 羽虫女の牙はジェシカによって阻まれていた。

 駆け付けたゴーレムの剣が羽虫女の額を貫く。

 ジェシカは傷が深くその場に倒れこんだ。


「ガっガア」


「ああわわわわ」


 メイド長は顔を驚愕に歪め尻餅をついた。


「っ戦え! 魔物を一匹たりとも城の中に入れてはならない! 一気に殲滅せよ!」


 ジャンから号令があがる。

 呆けていた兵士達が我を取り戻し、剣を抜き放ち、襲ってきていた他の数匹に一気に斬りかかっていく。


 戸惑いつつも数を減らしていた羽虫女が一気に掃討されていく。

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