五章 騎士の花嫁②
本来ではあれば密着した人間をその顎で瞬時に食らいつくすのだろうが、元々頑強なゴーレムの体、羽虫女も妙に固いゴーレム扮するメイドの体に違和感を覚えているようだった。
それでも彼女らの執念を表すように、その顎の動きは少しずつ石材の体を削りとっていく。
(どうにかなんねーのかっ)
シウスはゴーレムの窮地にいても立ってもいられない気持ちになっていた。胸を締め付け、まるで自分の大切なものを傷つけられているような感覚に怒りと焦りが込み上げてくる。
自分でもなんでそんな気持ちになっているのかわからないが、昨日夢で見たエプロン姿のゴーレムがいやにチラつく。
なによりゴーレムの焦りがシウスにも伝わってくるのだ。
(おまたせしましたっ)
ベアトリーチェがふいに声あげ、指が宙空に魔方陣を描いた。
(彼の者に、かの地から、紹介を承り、相応の義により相応の義を承る。それは円滑にして循環、それは循環にして理を知る慣わし――粗ぶる炎により糧を承る)
宙空に描かれた魔方陣に力が行き渡るように光が循環していく。
(欲するのは――炎の円環)
言葉と同時にゴーレムの体温が爆発的に上昇していく。
石材などの物質によって構成された体が赤く輝きを増し、取りついた羽虫女の食らいついた口が一気に焼け焦げていく。
「ぎゃああああああああああああああっ」
羽虫女が吹き飛ぶようにゴーレムから離れた。
(ふふ、羽虫の魔物なんか遠赤外線以上の高出力の熱で一瞬にしてステーキです)
(――おい、もしかしてあの子羊のステーキは、……ゴーレムを使って焼いてたのか?)
(道がひらきましたっ)
出口へと続く扉はすぐ目の前だった。
(ゴーレムさんそのまま体当たりで脱出よっ)
「御意!」
その体躯が扉を吹き飛ばし外へと転がりでる。
(やったわ)
(いやまだだっ)
背後から怪物メドーサを彷彿させるジェシカが狂乱しながら躍り出てきた。その鉤爪のような指先が振り下ろされる。
ゴーレムの体はダメージをほとんど受けることはないだろう。だが攻撃したジェシカ自身には確実にダメージがいくことが予想される。
彼女が自分の意志で攻撃を仕掛けているわけではない限り、なんともしても防ぎたかった。
これ以上彼女に不遇な思いをさせたくない。
((――っ))
肉がぶつかる鈍い音が響く。
「大丈夫かっ」
ジェシカの腕は鷹の装飾が施された手甲に阻まれていた。
「一体なにが起こってるんだ! このモンスターはどこから入り込んだ」
銀の鎧に身を包んだ次期騎士長がジェシカの腕を受け止めていた。
(ジャン!)(ジャンさん!)
ジャンがジェシカの背後に回りこみ首筋に手とうを下ろすと、彼女は力が抜けたようにその場にへたり込む――かに見えたがすぐに息を吹き返し再びジャンに襲い掛かろうとする。ジャンは何度かそれを繰りかえし、マウントの取りあいになった状態で他の兵がそれに気づき、粗ぶるジェシカは拘束された。ジャンは駆けつけた兵に縛り上げておけとジェシカをあずけた。
「大丈夫か? 立てるか? 兵舎の中には他に誰かいるのか?」
矢継ぎ早にかけられる言葉に、シウスもベアトリーチェも戸惑っていると、ゴーレムがジャンの腰元のロングソードを抜き放つ。
「――なにをするっ?」
――一閃。
「ぎゃっ」
と歪な悲鳴とともにジャンを背後から襲おうとした羽虫女を両断した。
芝生の上にぼとりと真っ二つに裂かれた羽虫女の羽がビクビクと痙攣しやがて黒い霧となり消えていく。
「……すまない、助かった」
「御意」
「――っ!? ……ふふ、君は面白い人だな。いいだろうその剣はしばらく貸しておくよ。おい! 憲兵、僕にもう一振り剣を貸してくれ!」
(なんて伝わったんだ?)
(私にも手伝わせてください。あなたの剣であれば私は歴戦の戦士にだってなれますわ。よ)
(なるほど、ジャンにとっては良い褒め言葉だな。っていうかゴーレムは剣も扱えるのか?)
(何をおっしゃいますゴーレムさんは最強の嫁入り道具。割となんでも装備できるのですよ? 神話の世界では最強の武具さえも装備できて終盤まで活躍できるのです)
(……終盤まで活躍ってなんの話だよ)
羽虫女の群が森のざわめきのように離れの入り口から吹きだしてくる。
瞬く間に星を覆いつくしジャン達の頭上を旋回しだす。
「にくにくしい」「食らい尽くしてやる」「ぎひぎぎぎ」「食ろうてやる」
闇夜を席巻する大群に兵士達は唖然とする。
「魔、魔物っ」
「なんだこの数!? 百や二百じゃきかねーぞ」
「ひいいっ」
羽虫女の群の目が一斉に見ひらき奇声をあげる。
「来るぞぉぉぉ! ぼうっとするな、今こそ我ら王宮近衛兵団の力を見せるときぞ!」
ジャンの声が高らかにあがる。その声に呼応するように兵士達は雄たけびをあげる。
かくして火蓋は切られ、兵団と羽虫女の群の乱戦へとなだれこむ。
「どりゃああ!」
兵士の一閃が羽虫女を一刀両断する。
羽虫女は断末魔をあげ地に落ちる。
「っこの来るなあ! ぎゃあ」
羽虫女の牙が兵士の一人の肩口に食い込み血しぶきがあがる。
「離れろ!」
肩口に食らいついた羽虫女を兵士が斬りおとす。
(血がさわぐじゃねーか。おい看守! ここを開けろ俺も参戦して奴らを蹴散らしてやる!)
(うるさいぞ囚人! 大人しく死刑になりやがれ! ん? なんだか外が騒がしいな?)
(それにしてもなぜ急にこのタイミングで魔物がこの城に現われたのでしょうか?)
(ああ? そんなものわかるわけねーだろ。たまたまこの城が奴らの通り道だったりしたんじゃねーのか?)
(ならば、以前にもこんなことが起こっているはずですね)
(それは……、そうだな)
(あのモンスターはゴーレムさんを狙ってきたのではないでしょうか?)
(なんの、目的でだよ)
(王を殺害した犯人による妨害)
(――っ、そりゃ、そいつは魔族と繋がっているってことになるぜ?)
(ええ、そうなります。ただ、偶然にあの羽虫の魔物が城を襲撃し狂戦士化したジェシカさんがゴーレムさんを襲った。そんなことあるかしら?)
(だああ、今はそんなことよりモンスターだろ。ああっ、何やってんだ、そこはお前違うだろ)
王宮の兵たちは実践の経験がすくないのか数で圧倒する羽虫女に圧されている。
シウスはやきもきしながら自分であればこんな状況でも体制を整え、効果的な戦法をもって窮地を脱却するが、今は牢屋の中、手出しはできないと腹が立ってくる。
(クソッ!)
鉄格子を殴りつける。
そんな中でもゴーレムとジャンは羽虫女を何匹も切伏せている。
だがやはり数が多く戦況は羽虫女に傾くだろう。
(シウスさんであればこの戦局ひっくり返せるのですか?)
(あたりまえだっ、俺を誰だと思っている『雪猫』の名は伊達じゃねーぞ!)
(では、シウスさんとゴーレムさんの精神の共鳴を強化しましょう)
(ああ!?)
シウスの鼓動が脈動する。
視界といえばいいのか、目前に淡く黄金に輝く球体へと吸い込まれていく。球体と重なると自分のなかにゴーレムの感情がなだれこみ、次には、霧が晴れるように視界が鮮明になった。
(な、なんだこれ?)
(今、シウスさんの感情がゴーレムさんに影響しやすくなっている状態です。これでゴーレムさんに先程よりも容易くお願いを聞いてくれるようになっていますよ)
(ほんとうかよ)
数時間前、ゴーレムを動かしたときには感情の高ぶりが最高潮に達した。確かにそのときもゴーレムの感情が混ざり合ったような感覚があった。
だが今はそのときの感覚とは比べものにならないほどゴーレムとの一体感があった。
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