四章 メイドと花嫁③
(王家においての歴史に『不遇の死』つまり生を成就できなかった死というものは生への未練が残ると解釈されます。未練を残した遺体はどうなります?)
それにはシウスには心当たりがあった。
(死霊なんかはその未練に引き寄せられて体に取り付く)
ベアトリーチェはこくんと頷く。
(大昔には王が生への未練を残したがために、生き返り災いを成したという伝承も残っています。つまりいつまでも不遇の死を迎えた王を生者の世界には置いてはおけない。墓は死者の世界。あなたは死んだのだと分かってもらうために、早急に葬儀を行い埋葬しなければならない。蘇りを防ぐために)
(だから連中こんなに慌ててるわけか。でもよ、野ざらしにされるような遺体ならいざ知らず城にはしっかりと結界が張ってるはずだぜ? 王の遺体ならなおさら死霊なんかに近づかせないために結界を張り巡らせた部屋を用意できるはずだ。それに未練が残っているかどうかなんて死んだ本人にしかわからねーじゃねーか)
(王家に限らず例えば教会など、前例を踏襲し、しきたりを受け継いでいくこともまた役割なのです。そこに良い悪いの判断、未練が残っているのか? 残っていないのか? などの判断はありません。王が殺されたと事実があれば、それは未練が残るという解釈がなされる。であれば それは『不遇の死』であると認定される。葬儀は早急に行なわなければならない。そういった決まり事。そういったものとして幾千年、受け継がれていくのです)
(だったら墓はどうするんだよ? 本来だったら一年を通して準備されるんだろ?)
(上の方は大忙しでしょうね。きっと王の祖父、もしくは王の母の墓など王にとって近しい王族の墓に埋葬する手筈を整えているでしょうから)
(なるほど、すでにある墓に入れるわけか)
シウスは得心がいったように顎を掻き頷く。
確かに王家ともなればそういったしきたりの一つや二つどころではないだろう。
葬儀などはなお更に。良いのか悪いのかの判断は二の次。それが伝統というもの。
シウスは故郷の村のことを思い出した。幼い頃に村の祭りに参加した際、違うことをやったら親父にしこまた怒鳴られたことがある。幼いながらにこちらのほうがいいじゃないかと思いやったことだが、祭りにおいて過去に行なわれたことを忠実に再現することがもっとも重要視される。例えそれが形骸化されていたとしても。
シウスは嘆息する。
「とにかく王様の遺体をお墓におさめる前準備でお城は今はてんやわんけってわけ」
「そうそう。それにしてもわかんないもんよね。王様が急に亡くなられなきゃ、アレク王子様のご成婚の段取りをやるはずだったのに。それが気づけば間逆の準備でしょ? あ、アレク王子様はね頭もよくて剣術、馬術の腕もいいの。なにより私達メイドにも優しくしてくださるの。最近なんか王子は自分が狩でとってきた一角うさぎや黒金シカをよく持って来て下さってご馳走してくれるのよ」
その後もメイド達はおしゃべりに花を咲かせる。
(だから彼女はあのような恰好でしたのね)
ベアトリーチェが言う彼女とはあの銀髪のメイドのことである。
ただ、台所のどこを見渡しても肝心のあの少女が見当たらなかった。
(そういや、ジェシカって言ったか 姿が見えねーようだが)
「――あんた達! 口ばかり動いて手が止まってるわよ!」
メイド達は慌てて作業に戻る。
(メイド長に直接聞いてみましょう。信用を勝ち得た今多少のことは教えてくれるはず)
「御意」
「何? 銀髪のメイド?」
その言葉を聞いたとたん、メイド長は逃げるように視線を逸らし「……そんな子は、ここにはいないよ」と告げ、お皿はどこかしらとゴーレムから離れていった。
(おい、いったいどういうことだ? 俺たちが見たのは本当の死神って落ちじゃねーだろな)
(いいえ、そんなことはありません。恐らく彼女は――)
ガシャンっ――と、稲光のような音が厨房にこだました。
使用人達の動きがぴたりと止まり音の出所にみんなの視線が集中する。
突如、悲鳴があがる。
ゴーレムの視界を通して床に蹲っている銀髪のメイドが映しだされる。
(――死神の女だっ)
その手元には割れた食器が散乱していた。
「……っす、すいません、今すぐ片付けます」
「やめてくれよ」「なんであいつ来てんだよ」「やめてようつっちゃうじゃない」
「すいません、すいません――いっ」
割れた皿で指先を切ってしまったようだ。その指から血が流れている。
「御意っ」
シウスの中にゴーレムの彼女に対する心配の気持ちが流れ込む。ゴーレムが近づこうとするとメイド長に止められた。
「何しにきたんだい」
「あ、あの、食事を、いただきに」
メイド長の視線が冷たさと怒りを帯びる。
「そこのパンとベーコンとリンゴ、あと牛乳をその籠に入れて渡してやりな」
言われたとおり若いメイドが脅えた様子で籠に詰め込み、割れた皿を片付けている少女から少し離れた床に置いた。
「さあ、みんなもうすぐ夕食の時間だよ。急いで準備して頂戴。あんたはさっさと片付けてここから出ていきな」
メイド長はそう言い残し仕事に戻っていった。
(おいおいおい穏やかじゃねーなあ)
(どうも様子がおかしいですね)
銀髪のメイドは指先を切りながらも割れて散らばったお皿の破片を必死に拾い集めていた。その何枚かに彼女の血がついている。
シウスの中にぎゅっと締め付けるような感覚が再び流れ込んでくる。視界には彼女の姿が間近に迫っていた。そして視界が手元、その少女の血のついた割れた皿に移る。
その一つをゴーレムが拾い上げていた。
周囲が風に煽られる森のようにざわめいた。
銀髪のメイドは前髪の間から覗く瞳で驚いたようにじっとゴーレムを見つめてくる。
「わ、私に近づくと病気がうつる」
銀髪のメイドはそういうとすぐにまた俯き床に散らばる破片を拾い集め終わると、籠を持って台所を出て行った。
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