四章 メイドと花嫁②
まずはお台所。それが花嫁への階段を上る第一歩ですとゴーレムを潜入させた。
夕飯の仕度をしていることもありそこはまさに戦場と呼ぶに相応しい慌ただしさがあった。
肉や野菜、果物に木の実それが大量にテーブルの上に用意され、それを次々にメイドたちが皮を剥いたり、切った野菜をコックのもとへと運んでいる。
葬儀による陰鬱とした空気はなくどこか活気に満ちていた。
唐突に悲鳴があがった。
「あああ! メイド長。搾り機が壊れてオレンジが搾れないー!」
「なにやってんだい! 夕飯の時間は待っちゃくれないんだよ。どうすんだい!」
白髪が混じりの年重のメイド長と呼ばれた女と若いメイドの手が止まり途方に暮れていた。
(搾り機が壊れた? 早速チャンスのようですね。ふっふっふ、ゴーレムさんの出番ですよ!)
「御意」
ゴーレムがのそりとメイド長に近づいていく。
「あら、あんたみない顔だね? 新人? ちょうどよかった。そうだね、ちょっとあんた。このオレンジ細かく切りな? そうすりゃ搾りやすくなるだろ」
「さすがメイド長!」
「あんたもだよ。このお鍋ねこれいっぱいにして頂戴」
搾り機を壊してしまったメイドが「はぁーぃ」と泣きそうな声をだす。
メイド長らしき人物からかごに盛られた大量のオレンジを渡されたゴーレムはそれを掴みとり、鍋を下にして盛大に握りつぶした。
ブシュウっ――。
オレンジの汁が鍋に勢いよく落ちていく。
「……っ」
ポタポタッと最後の一滴まで。
メイド長が戸惑った顔をする。
周囲の手がとまりゴーレムに一気に視線が集まる。
(ふふん、搾り機なんてゴーレムさんがいればもはや不要の産物です)
ベアトリーチェがシウスの隣でえへんっと鼻を高くする。
(いやいや、怪しまれるだろっ。オレンジ握りつぶすなんて握力を持ったメイドがどこに――)
「すごいわねあなた!」
(――へ?)
どよめきが起こり厨房には歓声が上がる。作業を行なっていたメイドやシェフが作業を放りゴーレムに押し寄せ、肩や腰にパンパンと手をあて、キラキラした瞳で称賛してくる。
「おいおいどんな握力してんだ!」「お前すごいな、もう一回やってくれよ」「ちょっとあたしが先よ、これお願い」
一瞬で人気者になっていた。
「御意」
ゴーレムは次々にオレンジを掴んでは絞りをくり返した。
そのとき、シウスの中に妙な感情が流れ込んでくるのが分かった。何か注目されていることによる戸惑い、恥ずかしさ、そして悪くない気持ち、これはまさか……。
「やだ、この子真っ赤になって可愛いい!」
一人のメイドがゴーレムに抱き着く。
「あら、あなたって意外とがっちりしているのね。もしかして着やせするタイプ?」
「御意」
(なんだ? なんか変な気持ちになっているんだが、うれしいような、照れくさいような)
シウスはなんだか顔が火照っていた。
(精神をゴーレムさんと共有していますからね。当然、ゴーレムさんの感情が伝わってきます)
(そ、そうなのか? これどうにかならないのか?)
(なりません。というより、ゴーレム使いにとって自分が使役するゴーレムさんの気持ちを理解するのはとても大切なこと。この魔法はそもそもそういった目的の為に生み出した魔法なので、どちらかと言えば視界の共有は副産物ですからね)
ベアトリーチェはひとさし指をピコピコ動かし得意気に告げる。
(シウスさんがどうしても自分も見たいというから精神を繋げているんですよ?)
(そ、そうか)
メイド長はゴーレム扮するメイド、『キャリー』(シウス命名)をあっというまに気に入り、ゴーレムもまたあれやこれやと仕事をこなしていくうちに信用を勝ち得ていた。
このままメイドチームのエースとして着実に実績をかさね、いずれはメイドリーダー、やがてはメイド長の座を担う逸材としてエリートコースまっしぐらであったろう。
「疲れたー。もう朝から働きっぱなしよー」
「文句言わないの。みんな同じなんだから」
「だってー」
小一時間もすると忙しさは落着き、ゴーレムはメイド達と共に皿洗いに勤しんでいた。愚痴を言っているのは絞り機を壊してしまったメイドだ。
「御意?」
「忙しいのは王様がなくなったからしょうがないのでは? ですって? あなた何も知らないのね?」
絞り機を壊したメイドは呆れたように肩を竦ませる。
「ちょっと、彼女は新人よ? お城のしきたりのこと知らないのも無理ないわよ」
絞り機を壊したメイドはそりゃそうかと再び肩を竦める。
「御意?」
「しきたりって、ですって? コホン。よろしいじゃあおねーさんが教えてあげるわ。この城にお勤めするんだものそれくらいは知ってなきゃ。いい? 王様が殺されたから忙しいの、王様が亡くなったからじゃないわ。まっ、本当のところは知らないけどさ」
(亡くったではなく、殺されたから?)
それを見ていた隣のメイドが肩を竦める。
「『花手向け』って知っているかしら?」
「御意?」
(なんだそりゃ?)
(今まで国を治めてきた王に一年を通して感謝を捧げる期間のことを『花手向』と言うんですよ。これくらいは冠婚葬祭の知識を知っていればすぐにわかることですよ)
ベアトリーチェが口をひらく。
(一年なんて、そんなに安置してたら腐っちゃうだろ体)
(もちろんです。でもそれでいいのです。骨だけになった王を埋葬するのです。と、まあここまでは建前の話。本当はその一年を通して、王が眠るための王墓を準備する期間なのです)
(その準備のためにみんなこんなに仕事に追われているってのか?)
(いえ、本来であればここまでの慌ただしさはないはず――、なるほど)
「私たちも王様のお葬式に立ち会うのは初めてだから実はよくわかってないけど、本当だったらこんなに慌ただしくはないはずだったんだけど、今回はその殺されたって話だから」
メイドは言いよどむ。
「今回は、その『不遇の死』――だから」
(不遇の死?)
(そう『不遇の死』。なるほど、だからみなさんこんなにもお忙しそうなのですね)
ベアトリーチェは隣でうんうんと納得している。
(なあ? その不遇の死ってのはなんなんだ?)
シウスの問にベアトリーチェが肩を竦め、溜息を一つ。
(国の歴史を――)
(ああ、わかったよ。俺が悪かった。だから教えてくれ)
新人冒険者時代にちくちくと説教してきた年上女性冒険者のことを思い出し苦虫を噛み潰す。
(今回の死は、殺された。それは予期せぬ死であった。それすなわち『不遇の死』。なので本来の流れでの葬儀は行なえない)
シウスはだからなんでやれないのかと首を捻る。
それを見たベアトリーチェが一度咳ばらいをし「んっんっ」口をひらいた。
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