四章 メイドと花嫁①

 王が亡くなった城内は静けさの中に妙な慌ただしさがあった。

 メイド達はそわそわと落着きがなく仕事におわれているのか足早に行きかっている。

 巡回する警備兵たちにも緊迫した空気が漂う。

 現在、ゴーレムは城中を徘徊していた。


(今、ゴーレムは何に見えているんだっけ?)


(シウスさん。何度も説明したではないですか。もち、メイドさんです)


 ゴーレムは現在メイドとして城を徘徊していた。メイド姿のほうが動きやすいという理由からだ。メイド服を着ているゴーレムを想像し一瞬くらりと立ち眩みを覚えるが周囲の者にはちゃんとメイドに見えているらしく何の違和感もなく受けいれられているようだ。


(王様が亡くなったから城の者は葬儀の準備に追われているのか? ま、こっちは動きやすくて都合がいいがな)


(ええ、まずは現場調査、私たちが訪れた王の寝室へと向かいましょう)


(ああ。昨日今日だ。王の遺体もまだそこにあるだろう)


 大臣は王は寝室で息を引き取っていたと確かに言っていた。


(王は寝室で死んだ。何か犯人の痕跡が残っているかもしれねー)


 ベアトリーチェも頷く。


(本当に私達が王の息の根を止めたのなら死因はゴーレムさんが王の首を持ち上げた

ときにできた絞殺痕。痕は残っているかもしれませんが、他のものも残っているかもしれません。ゴーレムさんでは王の寝室へと向かってください)


「御意」


 シウスは心のなかで(私達じゃなくて、あんたな)と、じと目で訂正した。

 回廊を進み、階段を上る。豪勢な赤い絨毯がゴーレムの足音をいくらか吸収してくれる。壁面には炎が灯された蜀台に、台の上に置かれた花々を生けた花瓶。それが通路を歩く者を出迎えるように飾られている。

 ――一つの扉が見えてくる。

 その扉の前に二人の警備兵が両脇に立っている。


(ではゴーレムさん。扉をあけて中へ)


「御意」


「待て! メイド、何を考えているかっ、ここから先は通すことはできんぞ」


 扉に手をかけようとしたゴーレムの前に兵の槍が交差する。


「――っ」


(むむ……どうも、通してくれなさそうですね)


(王が安置されている部屋だからな。メイドが勝手に入っていけるようなもんじゃない)

(ならばゴーレムさん)


「御意」


 ゴーレムは柱の影に身を隠す。(ゴーレムさんメーイクアーップ!)柱の影から光が漏れる。


(ふふ、これで問題ありませんね。ではゴーレムさん、いざ)


(今度は何に変化したんだ?)


(正確には変化ではありませんが、今度は彼らと同様の兵士です)


(そー上手くいくもんかね?)


(試してみなければわかりません。なに、交代の時間だと告げればよいのです)


 扉の前の兵士は怪訝な顔でこちらを見ている。

 ゴーレムがこくんと意味ありげに頷き、扉に手をかけようとする。


「おい、待て。ここは立ち入り禁止だ。許可のない者はここを通すことはできん」


「御意」


「何? 交代の時間?」


 兵士が顔を見合わせる。


「そんな話は聞いていないぞ? お前怪しいな? どこの所属のものだ」


 兵士の顔が怪訝に染まる。


(おい、さっそく窮地じゃねーかっ)


(……まずいですね)


 兵士の槍がぴくりと動く。


「御意」


「何? 城に配属になって間もないから交代の場所を間違えてしまったようだ? 正門の場所? しょうがないな。ここから左にまっすぐに行って突き当たりを右にいけばいい」


(ナイスですゴーレムさん。一旦引きますよ)


 かろうじて難を逃れ扉から離れるゴーレム。


(しかしどうすれば、あの部屋に入れるんだろうな?)


(むむぅ~)


 廊下の奥、暗がりから雫が鉄に滴り落ちるような音がふいに響く。

 聞こえてきた音にゴーレムが振り向くと、暗がりに溶け込んだ異物を吐きだすように髑髏が浮かびあがってきた。


(――っき)


 兵士がそれに気づき、扉の前で交差していた槍がとかれる。

 灯りの下に現われたのは真っ黒なボロボロの布切れを身に纏ったまるで死神。その手には鎌の代わりに、水の入った桶が持たれている。


「か、確認する、仮面を取れ」


 兵士の一人は怯えているのか顔を少し引きつらせ、まるで病原菌でも扱うようにその髑髏を差し止める。

 髑髏は桶を足元に置くと、その顔に手をかけ剥ぎ取る。絹糸のような銀の髪がさらりとこぼれ、中から深海を想わせる青く澄んだ瞳が現われた。

 それは少女だった。年の頃は十五ほどか陶磁器のようになめらかな白い肌に、水の入った桶が重かったのか頬は熱で紅潮している。ボロ布の下にはメイドの服が見えていた。


(―メイド? でもなんであんな気味悪ぃ仮面なんか)


「うむ。清めの者か名はジェシカ・グラントだな」


 二人の兵は警戒を解きその死神のようないでたちの少女の入室を許した。


(どういうことだ? 清めの者?)


(仮にも王ですからね。埋葬するまでの間、身体を清潔に保つためのお世話の者でしょう。それにしてもなぜ、彼女はあんないでたちなのでしょうか?)


(でもよさっきはメイドで行って止められたじゃねーか)


(先ほど兵士さんは名前を確認していましたね。きっと、これは彼女個人に命じられたお役目なのでしょう)


 シウスは顎を掻き、ぽんっと手を打つ。


(じゃあ、ゴーレムをあの少女に変化させればあの部屋に入れるんじゃねーか)


 しかしこれにはベアトリーチェは渋面を作る。


(残念ながらゴーレムさんを特定の人物に変化させるほど私の魔法は精密ではないのです。申し訳ありません)


 シウスはこれにはすぐに納得した。なぜならゴーレム自体が子供の落書きのような顔だからだ。どうやら致命的にそういったセンスがベアトリーチェにはないらしい。


(がっかりしました?)(いや)


 では、どうすればあの部屋にとシウスはベアトリーチェの何か言いたげな視線をよそに唸る。


(だったら、兵士を眠らせる魔法とかないのか?)


(そんなに都合のいい魔法は使えません)


 転移魔法などでたらめな魔法は使えるのにな、と胸中で呻く。


(あの見張りに一発いれて気絶させるとか、ゴーレムならまあ力の加減すれば簡単だろ?)


(暴力はダメです! シウスさん。人を傷つけて得るものなど決してありません。それどころか回りまわって人を傷つけた咎が返って来るものです)


 いや、そもそも王の首を絞めるなどといった暴力に走ったのはあんただし、牢にぶち込まれる前に散々兵達をなぎ倒したのはあんただし……ん、確かに回り回って咎が返って来てるとシウスは一理あると納得した。


(じゃあ、ゴーレムの攻撃力で部屋の外から壁をぶちやぶるとか)


(ダメです! そんなことしたらお城の人たちが壁を直す職人さんの手配などの仕事が増えてしまうじゃないですか。それでなくても今は葬儀の準備で大変な時なのですよ。いいですかシウスさん――くどくどくどくど)


(じゃあ……どうするんだよ?)


(簡単なことです先ほどのメイドさんとお近づきになりお仕事を手伝わせいただければいいんですよ。私に任せてくださいなこれでも家事は大得意なんですから。ね、ゴーレムさん)


「御意」

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