三章 王都へ花嫁⑧
王都に降りそそぐ冷たい雨粒が石畳の継ぎ目に滲みこみ、地中を流れ落ちていく。溜まった水滴が再びうす暗い空間に投げだされ、ひんやりと腰を冷やす石床にピチャンと音を立てた。
「外は雨でも振り出したようだな。ああ~、ったく。俺は何にもしてねーってのに。やったのはどっかの誰かさんなのになー」
シウスは壁に背を預け、悪態を吐く。
隣には同じく捕らえられたベアトリーチェが暇つぶしに天井から落ちる雨粒を数えていた。
ここは城の地下にある牢屋である。
あの後二人はあっさり捕まり、武器の類をすべて剥ぎ取られ牢に閉じ込められていた。
「俺はただの使いでこいつを連れてきただけだってのに、なんでこんな目に合わなきゃならないんだよ。まさか王殺害の片棒を担がされるとは思いもよらなかったぜ。ったく」
シウスは鉄格子を見やる。微かに白色に光っている。それはミスリルが混じっていることを意味する。これは並の犯罪者だけではなく魔法を使える者を捕らえるための牢であった。
並の魔法ではびくともしないだろう。
「しかも、単純な攻撃に対しても強度を増すからやっかいなんだよな。まあ、さすが王都の牢といえば、そうとしかいえねーか。けっ」
シウスは恨みがましげにこつこつと鉄格子を叩きながらベアトリーチェをみやる。
ベアトリーチェは肩を抱き小刻みに震えている。
「……寒いのか?」
「ええ、少しだけですけど」
無理もないまだ季節的には温かいとはいえ、地下の牢は石壁によって囲まれひんやりと冷たい。シウスは頭を掻き鉄格子に顔を近づけ声をあげた。
「おーい、看守。ここは寒くて仕方ねーよ。なんか毛布かなんか貸してくれねーか? 寒くて死んじまうよー」
ぶち込まれたときこの通路の奥にもう一枚格子扉があり、その先に看守部屋があった。
「っち、なんだよ聞こえねーのか? それともどっか出かけてやがるのか?」
「お優しいのですね。シウスさん」
妙な単語がふいに聞こえてきたので一瞬戸惑いを覚え、ふと見れば、ベアトリーチェが小さく微笑みを浮かべている。
その微笑にシウスは顔が熱くなり微笑から逃げるように視線を逸らした。
「俺が優しい? バカ言うんじゃねーよ。俺は泣く子もだまる『雪猫座』のシウスだぞ? というか元はと言えばあんたのせいで俺まで捕まっちまったんだ。俺があんたの為に毛布を要求したと思ってんじゃないだろな? 俺はただ自分が寒くて仕方なかったから看守を呼んでいるんだ。その結果、毛布が二枚きたらあんたに一枚渡さないでもない」
シウスはちょっとぶっきらぼうにいい放った。
「まっ、これは必殺ガキ大将の照れつつ不器用な優しさ。普段は優しくなくいじわるなことばかり言っているのに、こちらが困っていると不器用な優しさをふいに見せる。女子はそのギャップに戸惑いを覚え、思わずキュンとしてしまう。シウスさん……。私のこと狙ってる?」
「おい、このやろう」
ガチャンと通路の奥から扉を開く音が聞こえた。
「――なりませんジャン様。ここは罪人を収容する場所。騎士様がこられる場所では」
「罪人? 私の友人を罪人だと? 彼は私が任務に推薦し依頼を引き受けてくれたのだ。彼が罪人であるなら、私も同罪。ならばなるほどここは私に御あつらえ向きな場所ではないか」
「私はそういうつもりでは」
「ええいもういい。そこをどけっ。事の真相を問いただすだけだ」
シウス達が放り込まれた牢の前に人影がたつ。
「よう。ジャン、どうした? そんな血相かえて魔王でも攻めてきたか?」
鉄格子の向いに息を切らせたジャンが信じられない者を見るような目で立っていた。
「魔王でも攻めてきただと? 冗談いっている場合じゃないだろう。いったいどういうことなのか説明してくれ。なぜ王は死んだ? その者は、本当は何者なんだ?」
ジャンは友に裏切られたことによる怒りなのか鉄格子を握った手が震えている。まるでそのまま鉄棒を曲げそうな勢いだなとシウスは心中で笑う。
そのまま鉄格子を広げてくれりゃこっちも抜け出しやすいってもんだ。
王を殺したのはやはりベアトリーチェ含むシウスだと思われているらしい。実際、あの場にいた者はベアトリーチェが治療と称して、首を絞めて間違って息の根を止めたと思うだろう。
逆にあれを見てそう思わないほうがおかしい。口の端で笑う。
「笑いごとではないっ! このままではお主は死刑になるのだぞ」
だがベアトリーチェは王を殺してはいない。冒険者の感が囁やくのだ治療は成功していたと。
実際に病気の印である黒の斑は消え失せ、狂人と化していた王は落着きを取り戻していた。
なにより、ベアトリーチェは殺してはいないと断言した。それはなぜだか信じるに値した。
「答えろシウス!」
「俺達は王を殺してはいないぜ?」
「……殺してはいない? だが実際に王は死んだではないかっ」
「殺してはいません。シウスさんの言葉は私このベアトリーチェが保障しましょう」
「いや何を堂々と、どちらかと言えばあんたが主犯なんだけど」
シウスとジャンはじと目で呻く。
「んんっ。ですから治療は成功したと言っております」
「だが、王は死んだ」
「ですからそれはその後、何者かが再び王を手にかけたのでしょう」
そう、もう一つの可能性。
仮にベアトリーチェではないとすれば、シウス達が城を去ったあと何者かにより、恐らくは誰の仕業か分からない方法で殺された。王が殺される理由。考えればキリがないほど出てくる。
俺達はその何者かに利用された。そう考えるのが妥当だ。
「ジャン。森の魔女に依頼を出したのは、いったい誰だ?」
その言葉に顔色を変えるジャン。
「シウス殿、いったい何を言って……」「答えろ」
シウスの視線がするどく射抜く。
少なくともベアトリーチェに王を殺す動機はない。だったら利用されたと考えるのが道理。
ジャンの瞳が動揺か戸惑いの為か揺れ動く。
「どうした?」
「……死刑の執行は、三日後だ。また来る」
ジャンはそれだけ言い残し牢獄から出て行った。
「ふん」
森の魔女に依頼を出したのは誰か? とりあえずはこれだけで自分たちは何者かに嵌められたとジャンには伝わっただろう。少なくともこれでジャンは王が死んだ詳細を調べるために動くはずだ。そこに俺らとは別の何者かの痕跡が残っていれば。
「その何者かわかれば越したことはねーがな。ジャンに森の魔女を推薦したやつか、それともまた別の何者か。どちらにしてもこの牢にいれらている限り身動きができねー。このまま音沙汰なけりゃ、本当に三日後、死刑だ」
どうにか脱出できないかと牢の壁や床などを調べるが、どうにもできないことを改めて知る。
今回のことは災難ではあったが、王殺しの罪をきせられていようが城から抜け出し、対立している国にでも逃亡すればもろ手をあげて歓迎されるだろう。つまり、命は助かる。
誰が王を殺したのかなぞ興味はない、命があれば次につなげられる。
「死刑は困ります! まだ私は花嫁になっていないのですから」
ベアトリーチェが抗議の声をあげる。
「そら俺だって困るよ。あんたこの牢なんとかできねーか? ゴーレムは呼び出せねーのかよ。ゴーレムの力だったらこんな牢一ひねりだろ?」
「できますよ」
ベアトリーチェがあっさり言う。ダメもとで聞いてみたのだが、その答えに希望が満ちる。
「だったら、城の奴らが寝静まったのを機に、ここを抜け出そうぜ!」
「いやです!」「――な!?」
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