三章 王都へ花嫁⑦

「――まさか」


 昨夜食べたゴーレムの料理。魔法料理だと勝手に盛り上がっていたが、食べたあとの高揚感を覚えている。まるで上級魔法使いにエンチャント魔法を使われたときの感覚があった。

 いや例えあれが本当に魔法料理だとしても効果は長くとも一〇分にもみたないもののはず。


「まじかよ……」


 シウスは信じがたいが、受けいれらざるえないことに苦い笑みを浮かべた。


「顔がよくて、それが人間だったら、冒険者にとっちゃまさに最高の花嫁じゃねーかっ」


 シウスは斬りかかってきた兵の攻撃を太ももに刺される瞬間に、避ける。入るタイミングだと確信があったのか予想を裏切られた兵は驚愕しそのまま勢いあまって壁に激突する。

 瞬間、シウスの両隣から槍が放たれている。瞬時に剣を床に突き刺し、迫ってくるその槍を両方掴み、適当に起動をずらし、そのまま兵を相打ちにさせる。


「「ぐわっ」」


 シウスはにやりと笑みを浮かべ、飛び掛ろうとしていた兵達に剣先を向け威圧する。


「――なっ、そんなバカな、これほどとは」


「さあ掛かって来いよ、王都のぼっちゃんたちよ。負ける気がしねーぜ」


 その気圧を受け、たじろぐ兵達。


「きゃーっ」


 悲鳴にじと目を向ければ、ベアトリーチェがどこか強姦に襲われた婦女子風を装い「あーれー」とか言っている。その傍からゴーレムが嵐のように兵達をなぎ倒していた。

 シウスは無言で兵長に向き直り若干遠慮がちに言った。


「ど、どうするよ?」


「ええい! 王都の精鋭部隊である我々のメンツにかけて――」


  ●●●


「……大臣。命令通りに捕らえて参りました」


「捕らえて……? いや、う、うむ。ご苦労であった……、ほんとうにご苦労であった」


 謁見の間。空白の玉座の前に立った大臣が引き気味でその前に跪いた兵長、他兵士を労う。

 兵士達の甲冑はひしゃげ、顔は痣だらけになり、すすり泣く声が聞こえていた。

 その背後に横柄な態度で腕組みし仁王立ちのシウスと、とりあえず兵長に懇願されてよく状況を理解せずについてきたベアトリーチェ(ゴーレムは森に返している)がいた。


「ああ、いいか? それで俺達のことを国家転覆のなんやら罪人やら、冒険者なぞその辺の草でも食わせとけやら、あいつらって生きる価値あるのやら」


「いや、わしはそこまで言っては――」


「顔がそう言ってたんだよォ」「ひいいっ」


 まるで悪徳商人に娘を借金の代わりに奪われていく病気がちの父親のように兵長が脅える。


「シウスさん。この方脅えていますよ。品が悪いのでやめたほうがよろしいですよ」


 と助け舟をだすベアトリーチェではあるが当の本人がゴーレムを使いほとんど悪夢のような攻撃力で兵たちをなぎ倒したのは言うまでもなかった。

 シウスは心の中でお前にだけは言われたくはないと悪態をつく。


「王が昨夜、崩御された」


 大臣はそう口にした。崩御? つまり亡くなったという意味だ。


「は? 王が……、崩御って、つまり死んだってことか?」


 チラリとベアトリーチェを振り返り、額にひと筋の汗を垂らす。


「おい……、あれは本当に治療だったのか?」


「……へ?」


「いや、へ? じゃなくてっ。なんだその素っ頓狂な返事は!」


「まっ。クスクスクス、素っ頓狂って今日びの若者はいいませんよ。久方ぶりに聞きました。クスクスクス。シウスさんも結構いい年ですものね」


 ベアトリーチェは蕾のような唇に手をあてくすくすと笑う。


「いや、今日びの若者は久方なんて言葉もつかわねーよ」


「――なっ!?」


「ここで衝撃的な顔してんじゃねーよ。するんなら王が死んだ? の時にその顔しやがれっ」


 ベアトリーチェにとってかなりの失態だったのかシウスの言葉は聞こえておらず衝撃に打ち震えた顔のまま時間を停止させている。


「王は寝室で息を引き取っておった!」


 大臣が腕やら顔やらをプルプルさせて激昂する。その目は赤く充血し腫れあがっている。

 事実であるならば、確かに自分達を捕らえるには充分すぎるほどの理由だ。


「本当に王は死んだのか?」


 間違いじゃないのか? シウスの確認の言葉に大臣の表情が更に怒りに染まる。


「よくもぬけぬけとそのような言葉っ。だから私は反対したのだ。このようなどこの馬の骨ともわからん者達をこの城に、あまつさえ王に近づけさせるなど!」


 怒りで我を忘れたように大臣は階段を駆け降り、こちらに詰め寄ってくる。


「王を、王を返せ!」


 シウスの頬に怒り任せ放たれた大臣の拳が掠る。


「――っち、こっちの話も聞けってんだ」


 シウスの眼に冷徹な光が帯びる。


「ちょっと待ってください。どうも話を聞いていると私達が王様に止めを刺したみたいな言い方になっていますけど――」


(こいつ、私達って言いやがったぞ? 明らかにお前だろ)


 シウスはじと目でベアトリーチェをみやる。


「私は確かに王様の症状を治しました。それが原因で亡くなることはありません」


 一点の曇りもない瞳でベアトリーチェはきっぱり言い切る。


「いや、あんたがゴーレムで首絞めたからだろ?」


 シウスが突っ込んだ。


「ええい! こやつらを牢にぶち込んでおけ!」


「っけ、またぶちのめされてーのか?」


 とシウスは剣を抜き構えるが、すでに待機命令がだされていたのか、大広間に兵の群が雪崩こんでくる。その数に後ずさりしながらもシウスは期待とともにベアトリーチェをみる。


「むむぅ。違うのにー」


 と頬をリスのように膨らませ地団駄踏んでいた。


「おいっ、早くゴーレムをっ」

「かかれっ」


 大臣の号令によって兵が陣形を作りまるで槍の壁が隙間なく押し迫る。

 ベアトリーチェはブツブツいいながらゴーレムを召喚するそぶりを見せない。ゴーレムの魔法料理でステータスが上がっているがさすがにこの数を一人で相手するのは骨が折れる。


 シウスは構えた剣をカランっと床に落とし、舌打ちとともに手を上げる。


「降参だっ――」

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