三章 王都へ花嫁⑥
あけっぱなしの窓から朝陽が、シウスの寝ているベッドを薄暗い室内から浮き上がらせる。
トントントンっと包丁がまな板を叩く小気味のいい音がどこからか聞こえてくる。
それをまだ寝ぼけている頭で小さな幸せを覚えつつ、窓辺でにぎやかに鳴いている子鳥のさえずりとともに朝の目覚めを予感する。
「うう……」
昨夜飲みすぎたためか少し頭が痛む。
「あなたもうすぐ朝ごはんできますよ。早く起きてくださいな」
少し怒っているそれでいてシウスのだらしなさを受けいれているそんな声音が寝室の扉の先から焼きたてのパンの香りとともに流れてくる。
「ああ、今起きるよ……」
悪くないその心地よい声に誘われるようにベッドのシーツを取り払い、起き上がる。
ぼーっとする頭でうまく歩くことに苦労するが、愛らしい笑顔をみせる妻に一秒でも早く会いたい一心で扉一枚隔てた台所へとまっすぐに向かう。
「……ん? そういやおれって、結婚してたか?」
ふと過ぎる疑問にまあいいかと鼻で笑う。
「おはよう」
「もう、いつまで寝てるの? 今日も仕事でしょ」
やはり怒っているようだ。
「はいはい、悪かったよ」
照れくささに頭を掻き、謝罪するために妻に向く。
視界には、テーブルクロスの上に焼きたてのパンとあつあつのスープの入ったお皿を並べている花柄のエプロンを付けた――子供の落書きのようなゴーレムが。
「――――――――――――――――がアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ」
シウスは奈落の底に落ちていくような形相で跳ね起きた。
「ハァハァ……? あ? ああ?」
周囲を見渡し、ここが昨夜ジャンに用意された宿であることを思い出した。
包丁がまな板を叩く音なんか聞こえないし、焼きたてのパンの匂いもしない。もちろん妻の声などそもそもいないんだから聞こえることもない。
「ゆ、夢か……? だとしてもなぜあのゴーレムなんだ?」
自身に疑心を持つが、考えたらダメだと悪夢を振り払うように頭を振るった。飛び散る水滴に寝汗でびっしょりであることに気づき呻く。最悪の朝だ。
すると、今度は外がドタドタと騒がしい。
大人数の足音のようでこちらに近づいてくる。ガチャガチャといった金属のぶつかり合う音。
冒険者家業なんかやっていると魔物の出る森や危険地帯での野宿なんかざらだ。眠っている時でも微かな音に反応し、危険なものか判断、対応をするスキルが身についている。
音を聞いているうちに、何の音なのかを理解し、頭が急速に覚醒していくのが分かった。
自室の扉が乱暴に開け放たれたときには、しっかりと目が覚め、ベッドに腰掛いつもの人を喰ったような笑みを浮かべそれを迎い入れた。
「……よう、こんな朝っぱらからなんのようだ? 王都の兵隊さんよ」
部屋を埋め尽くさんばかりの兵がなだれ込んできた。兵が身につけている甲冑には鷹を模したシンボルが彫られ、その手に持たれた槍の穂先が囲うように向けられた。
「『雪猫座』のシウス及びに森の魔女の弟子ベアトリーチェ、王都転覆を図った罪によりひっ捕らえる!」
声高に張り上げられた声とともに、兵団から書状を片手に兵長らしき人物が進みでてくる。
王都の上級兵が身につける仕官服を着ている。王都のシンボルである鷹の刺繍が神官のような服全面に施されている。
「――王都転覆? 何言ってやがる仮にも王の病を治した者に言うセリフとは思えねーぞ?」
「よくもぬけぬけとそのようなことを――ん? 『雪猫座』? なぜそんな汗びっしょりなんだ? まるで激ブスの女にマウント取られたような……」
「どういうことか説明してもらいたいね」
「ふん、説明の必要などなかろう。それでも説明してほしいのならば、お主の仲間である魔女の弟子も一緒に、城へとご足労願おうか?」
兵長は切って捨てるようにいい放つ。
「ちっ、何かどうなってやがる。……ん? お前ら魔女の弟子も一緒にっていったな? ってことは――」
シウスは壁一枚隔てた隣の様子を聞き耳たてて探る。
すぐにベアトリーチェの悲鳴が聞こえ、「ゴーレムさーん」と召喚の声が聞こえてくる。まあ、安宿だし薄い壁一枚だからなと心中でつぶやく。
「『雪猫座』? 何をしている?」
隣の部屋からどよめきが起こる。シウスはなるべく安全地帯に非難をしようと隣の部屋の状況を推察し被害をこうむらないであろう位置へと可及的速やかに移動した。
「『雪猫座』それ以上動けば――――っ」
「おたわむれがすぎます旦那さま――ゴーレムっさん!」「御意」
次の瞬間、側壁が爆発した。
そしてきらびやかな何かがシウスの部屋の壁も突き破り一直線に外へと飛んでいった。
「なっ……なっ……、何、が?」
開いた壁の穴を覗けばゴーレムが兵の一人をまさに殴り飛ばしたところだった。
シウスは自室の壁、外側に開いた穴から顔を出し地面でビクビクしている兵を心配そうに見下ろした。
「死んでねーだろな?」
「婦女子の寝込みを襲うなど言語道断。こっちだってそれなりに心の準備というものがございますし、まったく、もう……こういうのはちゃんと手順を踏んでですね。しっかりとした手続きを踏まえた上で、それでいて、お互いの納得の上でですよ? あら? これは、シウスさんおはようございます。……はっ、まさかシウスさんも私の寝込みを襲おうと!?」
「なんでだっ。ていうか、その穴はあんたのゴーレムが……」
つっこもうと思い振り向くとそこにはたくましきゴーレムの姿。そのゴーレムを視界に捉えた瞬間シウスの脳裏についついさきほどの悪夢がぶりかえす。
思い出したシウスはなぜか胸がきゅっと締め付けられる。
「あっ、ほら私を見てちょっと頬を赤らめているっ。まさか私の寝起き姿に欲情……きゃっ!」
「違うっ! これは断じて違う!」
シウスは慌てて否定する。そう別にベアトリーチェに心を動かされたわけではない。それは違うと絶対に違うと否定できる……。否定できるが……。否定……。
(な、なんだ? 俺はなぜゴーレムを見て胸が……しかも、あんな子供の落書きのような、いや、逆にそれが愛嬌――、いやいやいや何考えてるんだっ)
シウスの視界にはなぜかゴーレムがとてもいじらしく映って――、
「ええいっ! 貴様ら抵抗する気か! これは明かな王都反逆罪! これ以上抵抗する気ならば――っ、実力行使もやむえん! かかれー!」
もはや混乱してしまった兵長がやけくそで開戦の火蓋を切る。
シウスは我に戻り、自分が今なにを考えていたのか恐怖すら覚え、それを振り払おうとベッドに立掛けていた剣を舌打ちとともに抜き放った。
「ったく俺は抵抗なんか一切してないだろうが、そもそもお前らがそこのゴーレム使いにちょっかいだすからそういう目に合うんだよっ。王都の兵長なら、ちっとは冷静になれってんだ」
兵の一人がシウスに向かって槍を突き出してくる。シウスはそれをあっさりと避け、入れ替わりとともに兵の背中を蹴り倒す。兵は思いの他吹っ飛び壁にそのまま激突する。
「――ありゃ? そんなに力は入れてないつもりだったんだが、ほんとに王都の兵か? それかただのボンボン兵なのか?」
「王都の精鋭をこうもあっさり。噂にたがわず『雪猫座』の異名は伊達ではないということか。しかしこちらも引けんぞっ。囲め! 囲んで追い詰め逃げ場を無くすのだ!」
兵長の号令とともに王都の兵たちがすばやく扇上に隊列を組む。その動きに無駄はなく訓練された動きであった。それだけで兵達が貴族のぼっちゃん兵ではないことは容易に予想できる。
いつもであれば少々やっかいな相手になりゆるのであるが。
(――なんだ?)自分があまりにも落ち着いていることに驚愕を覚えていた。
まるで自分が急に強くなったような――、
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