三章 王都へ花嫁⑤
トントントン小気味のいい音と鍋を沸騰させる音が不気味に調理場から流れてくる。
「彼の者に、かの地から、紹介を承り、相応の義により相応の義を承る。それは円滑にして循環、それは循環にして理を知る慣わし――粗ぶる炎により糧を承る」
奥からベアトリーチェの呪文を紡ぐ声がする。
「いったい、何やってんだ?」
何かを焼くなんとも芳ばしいい匂いが流れてくる。思わず喉をごくりと鳴らす。
シウスとジャンはお互いに目を合わせ、無言で成り行きを見守っている。しばらくすると。
「できました!」
厨房から、おたまを持ち満面の笑みの新妻風を装いでてきたのはベアトリーチェであった。
そして従者のごとくゴーレムがのそりと姿を現し、その手に持たれた料理がテーブルに並べられた。食材はこの酒場にあるものが使われているようだ。
黄金に輝いている野菜スープ。
白銀の輝きを持つほかほかご飯。
琥珀色のソースによって煮込まれた赤サンゴ色の魚。
「……こ、これは……シ、シウス、どの?」
出された料理は心なしか輝きを放ち、鼻孔を通して食欲を掻き立てる。
心なしかもじもじしているゴーレムの隣をみればベアトリーチェがにこりと微笑み、めしあがれといった表情。シウスは息を飲み、震える声をだす。
「ああ、間違いなく、これは――」「美味しいやつだ」」
シウスはスプーンで黄金色のスープを一匙すくい、一口。
「――っっ!」
脳天からつま先まで旨味の電流が駆け巡る。その衝撃に匙をカランと床に落とした。
「旨い……、まるで大地を一度に飲んでいるような旨味だ。口にいれた瞬間、ジャガイモ、人参、かぼちゃ、色んな食材の旨味がスープに溶け込み、それでいて喧嘩せずにうまく一つにまとまり、そのまま大地をいただいているような錯覚さえ覚えてしまう。そして――」
その言葉をついだのはジャンであった。
「胃にやさしいを通り越し、スープが胃におちていくと同時に先ほどまでの胃もたれを即座に回復してくれる。いやそれどころか強化さえしてくれるようなまるで魔法料理のようだ」
「ああ、ああそうだ。熟練の料理人はその料理に魔力が宿り、それを食した者は一時的なステータスアップの効果さえもつと言われている。こんなところで魔法料理に出会えるとは……」
「「旨いぞォォォォォォォォォォっ」」
シウスとジャンは他の料理にもがっつく。もはや本能の赴くままと化した二人は野獣のように料理にむしゃぶりついた。
その様子を見ていた他の客たちももの欲しそうな顔でつぶやきだす。
「お、おれにも一口くれよ」「おれも」「わしにも一口」「わたしにも頂戴!」「あたいにもよこしな!」「おい、やめろ、これは俺のだ!」「いいじゃねえか一口だよ」「そうだ! ずるいぞ!」「よこせ!」「よこせよ!!」「よこせぇぇえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ」
最後は濁流のごとくなった客たちがシウスとジャンに襲い掛かりはじめ、料理の所有権を巡る乱闘へと発展していった。
「わ、わしの、店が――」
「そして、メインディッシュの子羊のステーキです。遠赤外線で焼き上げた至極の一品です」
テーブルに出されたのはいい具合に焼かれた肉。表面はかりっとフォークで切れば中はうっすらと赤みが残り、口に入れれば簡単に噛みきれ、肉汁がじゅわっと広がる。
「みなさん。食べたいのであればもっと作りますよ!」
「「「本当か!」」」
みなが一斉にベアトリーチェに向かった。
「ええ、もちろんですとも。私の料理を食べたいだなんてこんなに嬉しいことはありません。なによりみなさんは日々、魔物や危険な仕事で命をはり街を守ってくださる冒険者の方々。そんなみなさんに私の料理を食べていただけるなんて、とても名誉なことですわ」
ベアトリーチェは両手をパンっと打ち、呼びかける。
「ね? ゴーレムさん」
ベアトリーチェはウインクをする。
その仕草に冒険者達がわっと沸きたつ。
「「「女神降臨―!」」」
その歓声にベアトリーチェは少し照れくさそうに「も、もう~」困った顔をする。
ゴーレムは乱闘が治まった為かどこかほっと胸を撫で下ろし、こくり頷いた。
そして再び一人と一体は厨房の奥へ。
シウスは悪いと思いながらもそっと厨房を覗いた。
そこにはゴーレムが料理を作っている隣で、ベアトリーチェがルンルンと小躍りしている光景だけが映っていた。
(え? あいつ何もしてねーんだけど。もしかしてゴーレムが全部作ったの?)
ベアトリーチェの存在意義などを色々と考えたが、答えは出そうになかったのでシウスは無言で席に戻った。
●●●
たいまつの炎群が夜風に踊る。
そこら中に灯されたたいまつの灯りが陽気な村人と設えられた祭壇に沢山の麦や果物などを捧げられている光景を映しだす。
炎が揺れるともう一つの巨大な影を映しだす。
村で取れた麦藁で作られた大きな巨人であった。
村の守り神である土の女神であるトロイア様だった。
みんな楽しそうに酒を飲み、踊り、歌い、笑っていた。
そんな村人たちの視線の先には簡素な舞台が設えられていた。舞台上に村一の力自慢に選ばれた筋骨隆々の男が対面を呆けた顔で見ていた。
視線の先には野兎の毛皮を繋いだ継ぎはぎだらけの小さな猛獣が虚勢を上げていた。男と比べてあからさまに小さく頼りなく見えた。
男は腹を抱えて笑い出し、舞台に注目していた村人たちも笑い出した。
継ぎはぎだらけの毛皮が舞台の床に力なく落ちると、中から銀髪の少年が姿を現した。
少年は村中の嘲笑の中、視線はある一点を見つめていた。
その先には同じ年くらいの女の子が暗闇の中に逃げていく姿だけが映っていた。
●●●
夜は深け、朝を迎える。
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