三章 王都へ花嫁④

 急に出現したその子供の落書きのようなゴーレムに王子たちは尻餅をつき、現状を理解できず口をあわあわさせている。


「な、なにごと、が……でやえ、でやえ……」 大臣も目を白黒させている。


(ほ、本当に、呼びやがった……)


 唯一何が起こったのか理解しているシウスにしてもあまりの離れ技に言葉を出せないでいた。


「ゴーレムさんお願いがあります。この王様の症状を治してくださいな」

「御意―!」


 ゴーレムが両手で力瘤を作り、咆哮をあげる。


「「「な、なななな、ななななにごと」」」


 シウス以外はもはや何が起こっているのか理解が追いついていない。

 ゴーレムが天蓋に腕を突っ込み、王を引きずり出し、首根っこを掴み、宙ぶらりんに。


「ちょっとま、待ってくださいっ」「何をするこの狼藉者!」「お、おやめなさい」


「大丈夫、大丈夫。慌てない慌てない」


 ベアトリーチェはいつもの笑顔。だがその笑顔が逆に怖い。


(ほんとうに大丈夫なんだろな? というかさっきのことまだ怒っているんじゃ? これもしダメなら獄中行きじゃすまねーぞ?)


「ではゴーレムさんお願いしま――」「御意オオオオオオ―――――――ッ」


 ゴーレムの腕によって宙ぶらりんにされた王がその腕から逃れようともがき暴れる。ゴーレムの体が光輝きだす。

 明滅を繰りかえし、光が強くなり、体から腕へ、手、指へと光がまるで進行するように移動していく。そして、光がゴーレムから王の体に移っていく。

 轟っと渦巻くような音とともに王の飢えた獣のような目が剥き出され、激毒を注入されたようなそれはそれは悲惨な形相へと変化した。


「ギョウええええええええええええええええええええええええええええええええええっ」


 バタバタと体を痙攣させ、まるで断末魔の叫びをあげる王。

 周囲はあからさまに(これあかんやつや)と表情を固くする。

 やがて王の首が激しく痙攣を繰りかえし、黒の斑がすーっと消えていった。


「終わりました。これで王様も回復しますよ。あとは滋養のあるものをしっかり食べさせて、しっかり休息をとってください」


 当の王様はゴーレムのたくましい腕につかまれたまま、ぐったりとしている。


「いや、変わらずぐったりしているが?」


「これは、ゴーレムさんにつかまれているから。血色はよくなっているでしょ?」


「いや、確かに王の顔色に血の気が戻ってきているし、黒の斑模様が消えている」


「ほ、ほんとうに父は助かったのですか?」

 

 王子が王に駆け寄りその顔色を確認している。その緑の瞳に涙が滲む。


「ありがとうございますベアトリーチェ様っ」

 

 王子はベアトリーチェに振り返り、その手を握る。

 ベアトリーチェは顔をタコのように赤くさせ「あらららっ」と汗を浮かべている。

 ゴーレムは王様を優しくベッドに下ろし、シーツをかけていた。どこから取り出したのかオルゴールを添え、心をリラックスさせるコ鳥のさえずりのようなメロディが流れている。


(あれだけ乱暴に病魔をはらったあとの、このアフターケア、心なしか王の顔も幾分表情がやわらかくなってやがるじゃねーか)

 

 シウスは畏敬の念とともにゴーレムを見上げた。


「こ、このゴーレム、やはりやりやがる」

 

 王の無事に歓喜するジャン達。その光景にシウスもまあいいかと呆れた笑みで肩をすくめる。

 とにかく依頼は成功だ。


  ●●●


「さあさあ、今日は遠慮なくやってください。王宮からもたんまりと褒美はいただいていますし、もちろん森の魔女さまへの礼金もはずませていただきます」


「まあ、仕事があっさり片付いたしな。遠慮なくやらせてもらうぜ」


 エールが並々入り泡だったジョッキをぐいっと一気に煽る。


「まあシウスさん何もしていないじゃないですか。私(ゴーレム)が症状を治したんですよ?」


(お前もだろ)とは口が裂けても言わないようにした。


「まあまあ、ベアトリーチェ殿。今日はお祝いですから」


 しかし、ベアトリーチェはなにやら不満そうに口を尖らせる。


「だったら普通はお城の食卓などで城総出でおもてなしをするものではないのですか?」

「いや~、まあ……」


 シウスはエールを飲み干しながらちらりと周囲を見渡す。

 周囲には炎の魔法が灯されたランタンの下、赤ら顔の冒険者や巷の労働者達があつまり一日の終わりを酒でしめている。にぎやかなことこの上ないここは、いわゆる町の酒場である。

 仮にも王の命を救った恩人である。その恩人に対してこうもあっさり追い出されるとは思いもよらなかった。とはさすがに思わない。


「まあ、あんな治しかたじゃーな」


 あの後、王を乱暴に扱ったことに大臣が激怒して城でのもてなしに反対したのである。シウスは給仕の娘が運んできた串焼きにかぶりつき、エールを飲み干す。


(ま、俺はかたくるしい城でのもてなしなんざごめんだから、これでいいけどな)


 と、満足気に給仕の娘に追加の料理を注文する。


「それにしても、ここの料理はどれも味付けが濃く、胃に重たいですね。ちょっと私には胃が重いだけに、荷が重いなんちゃって。プクククク、これは城中ギャクの鉄板ネタでして」


「くそつまんねーな」


「あら、私もここのお料理味が濃いと思ってました。そうだ。すいませーん、すいませーん」


 ベアトリーチェが給仕の娘を呼び始める。

 やってきた給仕の娘にベアトリーチェが何かを頼み込んでいると、少し困った顔をした給仕の娘にベアトリーチェは何かを握らせ、それを受け取った娘は目を見張り奥に引っ込んだ。

 再びやってきた給仕の娘がほくほく顔でOKのサイン指で告げる。

 金でもつかませたなと察したシウスは嫌な予感が過る。何を始めるつもりだ? 


「ありがとうございます!」ベアトリーチェの満足そうな顔に、じと目をむける。


「こんな味の濃いものを食べていたのでは、明日の朝は胃もたれ確定。それでは明日の仕事にも支障をきたします。やはり男性の方はお仕事を楽しく頑張っていただきたいと思うのが、いいお嫁さんの条件ではないでしょうか?」


「いや、人ぞれぞれだろ?」


「そこで、私は味つけの濃くない、五臓六腑に染み渡るお料理をジャンさんに提供します。そしたら、お城勤めも無理なくできるというもの」


「人の意見を聞くのは花嫁修業には必要ねーのか?」


 もはやベアトリーチェは自分の空想の世界を飛び回っているようだ。

 そして、シウスは「まさか」とこれから起こるであろう光景が過ぎった。


「では、そういうことで、いでよゴーレムさーん!」


「おいいいいっ、こんな所でゴーレムを呼びだすなぁ!」


 隣の椅子に置かれていたポシェットがバンっと開かれ、呼び声に応えるように濁流の渦のような音が大きくなっ「ウオオオオ――――――――――――――ッ」

 一陣の風が轟風を巻き起こし、地響きとともに着地する。酒場の中央に出現したのは見る者を威圧する岩石の体。そして、なぜかエプロン姿。


 その名も――。「「「ブサイク――っ!?」」」

 酒場の連中が驚きの感情とともに酒を吹きだす。


「ゴーレムさんです!」


 ベアトリーチェがぷうっとリスのように頬を膨らませ周囲にきつめの視線を送る。


「なんで急にゴーレムが現われたんだ? しかもなんで子供の落書きみたいな顔なんだ?」


「呼び出した?」「なわけないだろ?」「召喚魔法?」


 ざわめきだす酒場。シウスは呆れた顔でベアトリーチェを見ていた。


(ダメだ……こいつ。嫁どうこう以前に、常識がね。常識が欠けているんだよ)


「さあ、ゴーレムさん。ジャンさんに胃に優しくとても美味しいお料理を作りましょう」

「御意」


 そんなシウスのぼやきや周囲のどよめきなど気にもせずベアトリーチェは脅える給仕の娘とフライパン片手の青ざめた店主を押しのけ、調理場へと入っていった。

 ゴーレムが周囲を見渡し、申し訳なさそうにぺこりとおじぎをした。


「おい? 今、謝ったのか?」「そ、そんなわけ、ゴーレムだぞ?」


「でも俺にはお騒がせしてしまってすいません的な雰囲気を感じたぞ?」


「シウス殿……、なぜゴーレムを」


「聞くな」

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