三章 王都へ花嫁③

「なるほど。森の魔女様は、この方であれば問題ないとおっしゃるのですね」


 バレてしまったので潔くこれまでの経緯を説明した。

 ジャンは神妙な顔で頷き、状況を飲み込んでいるみたいだ。


「ま、まあそうだ。あの魔女、テコでも動く気配がなく、まあ押し切られた形でな」


「お師匠さまは最近持病の腰痛が悪化したとかで動けないそうなんですよ」


「だがなジャン。こいつの力は俺もクエストでちょっとばっかし目にしたが、その腕は間違いないことは約束するよ」


 ジャンは信じられないという顔をするが、やがて納得したようにジャンは咳払いをする。


「わかりました。森の魔女様がそうおっしゃるのであれば大丈夫なのでありましょう。こちらは王の病気を治していただければ文句はございませんし」


 やがてある扉の前でピタリと立ち止まると、ジャンは姿勢を正しノックをする。


「騎士ジャン・ドウ・ピエール、ただいま参上仕りました」


「うむ、入れ」


 脇に佇む兵が扉をひらく。きらびやかな装飾が壁を飾り、大きな出窓から燦々と日が差し込む。出窓付近には天蓋付のベッドが置かれレースの中から獣のような呻り声が聞こえてくる。


(なんだ?)


 ベッドの周囲には一目で上流階級の者であることがわかる数人の者たちが佇んでいる。


「待っていましたよジャン」


 声をかけてきたのは、ベッドに寄り添うように立っていた金髪、緑目の少年だった。


「ま、すごいイケメン。ねっシウスさんっ」


「ジャン。その方が我が父上の病を取り除いてくれる方達なのですか?」


 ジャンは気まずそうに咳払いをする。


「はっ、アレク王子。こちらはかの高名な森の魔女フィリア・イエル様の……お弟子のベアトリーチェ様です。必ずや王の病を治してくださいます」


 アレク王子は少し戸惑ったようにベアトリーチェに目をむける。


「まっ」


 ベアトリーチェは見つめられポッと頬を赤らめている。


「ジャン。お呼びしたのは、たしか森の魔女様ご本人だったと思うのだが」


「はっ、それは、そのこれからご説明を……」


 王子の隣にいた、こ太りの男が親の仇でも見るような眼つきで言ってきた。


「ジャン、まさかこの国の一大事にどこぞの馬の骨を連れてきたわけではあるまいな」


(おいおい、仮にも魔女の弟子なんだぞ? 馬の骨ってことはないだろ)


 小太りの男はどこか値踏みするような眼つきをシウスに向けてくる。


「見たところ粗暴の悪そうな、冒険者というのか? 粗悪な男と付き合いがあると見れるし」


 ――ん? なんだと? 急に飛び火しシウスのこめかみがピクリとひきつく。

 隣のベアトリーチェが「まあ」と可哀相な目でこちらを見ているのは気にしてはならない。


「大臣! シウス殿は決してそのような方ではありません。彼はこの年で『座』持ちの冒険者。信用に値する男です」


「そもそもだ。森の魔女と呼ばれる者にしたって胡散臭いものだ。周囲の村や町の者から慕われているか知らんが、どうせ賢者でも気取って、分けのわからん知識を披露して周囲の者から金を踏んだくっているような得体の知れない金の亡者であろう」


 大臣と呼ばれた男はなおも蔑むように言ってくる。

 シウスは直感的に嫌な予感が過ぎる。自分の師匠が蔑まれたのだ。弟子であるベアトリーチェが黙っていられるはずはない。もしこんな所でゴーレムを呼び出し暴れさせでもしたら――。

 シウスは顔を青くして隣のベアトリーチェを見る。

 ベアトリーチェは困ったことだと腕を組み、大臣の言葉に同意するように「うんうん、確かにそれはある」と頷いている。どうも金の亡者という言葉に同意しているようだ。


「おい。自分の師匠が蔑まれてるんだぞ?」


「ん?」ベアトリーチェはきょとんした顔。


「その金の亡者の弟子であるその女も碌な者ではあるまいっ。見たところ外見だけは品があり見てくれはよいと見えるが――」


 ベアトリーチェは頬に手をあて「あらあら品がいいなど」と、どこか満足そう。


「中身は森の魔女とそれほど変わらぬ金の――」


 その様子を見て、納得はいかないがシウスは胸を撫で下ろす。どうやらいらぬ心配のようだ。

 とりあえずここは自分がぐっと我慢すればいいようだ。だが、ベアトリーチェは俯き肩をぶるぶると震わせ歯をガチガチと鳴らしていた。


「――ん?」


 そしてばっと顔をあげキっと大臣を、睨みつけた。


「――っ私がお師匠さまと変わらない……ですってっ」


 どこのワードで引っ掛かってんだよ。


「お師匠様のことはどう言われてもかまわないっ。でも、私のことを悪く言うのは許せないっ」


「――なっ」大臣は予想だにしていなかった反論にあい言葉を失ったようだ。


「おいおいおいおい――」シウスはじと目で呻く。


 なおも大臣とベアトリーチェは顔を真っ赤にさせ一瞬即発に食って掛かろうとしている。シウスは間に割って入ろうとすると横合いから仲裁の声が入った。


「大臣。さきほどからあなたは失礼ではありませんか?」


 言葉を発したのはアレク王子であった。(―っと)


「あなたの言動は城に仕える者として品位がないのではないですか?」


「わ、わたくしはただ、どこぞの馬の骨に王の容態を見せ、万が一があってはならないと思い」


「あなたの気持ちはありがたいものです。しかし、遠路遥々来ていただいた方にその態度はいただけない。あなたは王の為とおっしゃるが、その品位を守るのも我が王のためです」


「……ぐぬぬぬ。こっ、ここれは失礼しました」


「僕に謝るのではなくベアトリーチェ様に謝罪してください」


 大臣は苦渋に顔を歪め、頭を下げた。


「もうよい! それで、そなたはどのように王の病を治してくれるのじゃ?」


 豪奢なドレスを纏った貴婦人から威厳のある声が発せられる。


「王妃さま」


 さすが王族というべきか、その一言が周囲を静まりかえらさせる。

 状況を案じたシウスがぽりぽりと頭を掻く。


「ああ、まあなんだ、悪いんだが、その前に王の容態を見せてくれないか」


 その言葉にアレク王子が反応する。


「あ、ああ。すまない。こ、こちらだ。よろしく頼む」


 王子がレースを開き、中を覗き込んだシウスが呻く。

 そこにはまるで飢えた獣ような形相の老人がいた。大きく開いた口から唸り声があがり今にもシウスに喰らいつこうと威嚇してくる。


「こ、こりゃあ……」


 呪いでもかけられたかのようにその眼は狂気に染まり、手足は縛り付けられ縄は腕に食い込み血が滲んでいる。そして、首筋に見える黒い斑模様。


「……『人狼病』ってやつか?」


 その名の通り罹患した者が飢えた狼のように変容することからついた病名だった。昔は狼の魔物に取り憑かれたからだと迷信が横行していたこともある。記憶の片隅に以前訪れた教会のステンドグラスが浮かぶ。


「そのとおりです。魔法医に見てもらい病名はわかったのですが……。十日ほど前に父と狩に出かけ、そのとき魔物に噛まれてしまい。突然気が狂ったように暴れだし、体力が尽きたときだけ、死んだように眠る。その繰り返し、父はすっかり衰弱してしまっている」


「ちょっとまて。人狼病は不治の病じゃない。腕のある魔法医にみせれば治る病気のはずだ」


「そのとおりです。人狼病が不治の病だと言われたのは古王国前の話。今では腕のいい魔法医にみせれば治せる病だと聞いているのですが」


 王子の顔が悔しさと哀しみに歪み、案にそうはいかなかったことを伝えてくる。


「一向に治る気配はなく。これ以上はどうしようもなく、そのあとに森の魔女さまの噂を耳に入れまして、もしかしてと」


「なるほど。で? ベアトリーチェさんどうよ。どうもただの『人狼病』じゃないようだが」


 隣でベアトリーチェが眉間に皺を寄せ難しそうに覗き込んでいる。


「うーん……、なるほどですね」


「何かわかったのか?」


「ええまあ。では治療に取り掛かりましょう」


 ベアトリーチェがおもむろにポシェットをあけ「ゴーレムさーん」と、拾ってきた子猫にこっそり呼びかけるように呼んだ。


「え? ――っおい急にっ」


 ポシェットの中は真っ暗で何かが渦巻く音がしている。そこから風の呻りが近づいてくる。


「ぎょーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい」


 ポシェットから何かが飛び出し、それは急速に大きくなり王の寝室、大理石の床に轟音とともに着地する。

 ――ビシリっ。

 大理石に罅割れが走る。

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