二章 幽霊船の花嫁 終

 漁港に調査に向かった船が戻ってくると、港ではどよめきが沸き起こった。

 調査船の後ろにはどでかいタコのモンスターがロープで繋がれていたからだ。


「こりゃすげーな……」「これが失踪の原因か?」「こんな化物があの海域にいたの」


 船が港につくと失踪していた漁師たちを担架で船員が運び出していく。

 ちなみにもっと驚くことに猟師たちに植え付けられていた種は――。


「ゴーレムさん。まだ中には助かる人もいるはずです。この人たちに植え付けられたタコさんの種を取り除いてください」


「御意」


 ゴーレムの体が瞬く間に輝きだし、その輝きが猟師たちに乗り移る。

 猟師たちはガタガタガタガタと痙攣しだし一瞬不安に駆られるが無事に種が取り除かれたとのことだった。


(あのゴーレムがとんでもないのか、あの女がとんでもないのか……)


 そのあとに続くように満身創痍の顔で足取り重く冒険者たちが橋を渡ってきていた。

 シウスは陸に降り立ち安堵する。こんなにも陸地が恋しく愛しく感じたのは初めてだ。


「まさか事件を解決してしまうとはさすが『雪猫座』だ。これでこの港もまた活気を取り戻す」


 船長が喝采の声をあげる。

 しかし、クエストに参加した冒険者ほとんどが微妙な顔をすることしかできなかった。


「ピッケル! ピッケルはどこ!? すいませんピッケルは?」


 海色の髪の娘が担架で運ばれていた漁師の顔を一つ一つ覗きこんでいく。

 失踪した恋人でも探しているのか娘は押し迫ったように運びだされていく担架を確認していく。娘に続くように他の住民も自分の知り合いを見つけようと集まってきていた。

 目的の顔を見つけ喜びの声をあげる者、目的の顔を見つけられずに涙を流す者。

 先ほどの娘は顔を曇らせ、それでも希望に縋るように船の前に立ち尽くしている。

 失踪したすべての者が助かったわけではない。現実はそんなには甘くない。

 冒険者家業なんかやっているとこんな光景はよく見るものだ。そんな後にはどうにも、家族に会いたくなるのはどうしたわけか。


「ピッケル!」


 娘の声に喜びが混じる。

 桟橋から船員に肩をかり降り立った一人の若者に娘が歓喜の声をあげ、胸に飛び込んでいく。

 そういえば一人だけなんとか自力で歩ける奴がいたな、唇の端を笑みに変える。


「あの! ありがとうございます」


「いやっ、俺は別に何も――」


 娘はピッケルと呼んだ若者と頭を下げ、その瞳に涙を浮かべる。


「そうだ! そういえば、おば――じゃなかった。少しだけトウが立った――」


「誰がトウがたったおばさんですって?」


 娘の肩をものすごい力で掴む小麦色の髪の女が額に青筋を立てていた。


「――あびゃあっ。っておば――っおねーさん無事だったの? あれから追いかけて探したけどいなかったから、もしやと思ってここで待っていたけどこの調査船に乗ってたんじゃ?」


「そうそうそうなんですよ。おかげでお金の都合がつきました」


「まったく――。無事だったからよかったものの、一歩間違えれば命を落としてるわよ。今回は冒険者さんたちが何とかしてくれみたいだけど。帰ってこれなかったかもしれないのよっ」


 娘は本当にベアトリーチェのことを心配していたようで言葉尻が強い。


「ご、ごめんね。でもこれも花嫁修業のうちなの」


 年下に説教をされ、シュンとしたベアトリーチェであったがすぐに笑顔に戻り娘に手で指し示した。


「でもほら、結果よければすべてよし。じゃあシウスさんその腰に帯刀してるミスリルの剣くださないな」


「――はっ?」


 何をいわれているのか一瞬本当に分からなかった。


「約束しましたよね? 私が守護したら、その剣を下さると。忘れたとは言わせません」


 にこにこと告げてくるベアトリーチェ。そして思い返せば浮かんでくる生返事で答えた後悔の言葉。確かに言った。


「あ、あれはっ――」


「あら、冒険者の方は、そんなに簡単に約束を破るのですね」


「ぐっ――」


 この時シウスはこの女に剣を渡さなければこの場を逃れられそうにないことを悟った。

 すまんとシウスは脳裏に浮かぶエルフの友人に謝罪した。

 腰のミスリルの剣を引き抜き、ベアトリーチェに手渡した。


「ぐぐぐ、ほら、これでいいだろ」


「はい約束通り。ありがとうございます。じゃあはいこれ。これ一本で王都に家がたつくらいには高価らしいので、これでどうかお魚売ってくださいな」

 

ベアトリーチェは渡された剣をそのままスライドして魚屋の娘にぽんっと手渡した。


「「――へ?」」


「ですから。魚の代金の代わりに。これでなんとか売ってくださいませんか」


「え? え? え?」

 

 ベアトリーチェは拝むように「お願いしますぅ~」と娘に懇願している。


「ちょっと待て! あんたまさか魚の代金に俺の剣を売り渡そうとしてるのかっ?」

 

 小麦色の瞳がパチパチと瞬く。


「そうですけど? 私、お金足りないので」


 この……女、最初から金が目的で?

 魚の代金代わりだと? 仮にもミスリルだぞ? しかも剣に加工されているものだぞ? どれだけの値打ちもんだと思ってんだ。


「ちょっと待ってくれ魚の代金にするんだったら他にもすぐに換金できるアイテムを持っている。それで今回は手を打たないか?」


「冒険者さんは、約束ごと~。私、手が痛かったな~」


 ベアトリーチェがわざとらしくおもむろに手を摩りだす。


「ちょっと待てちょっと待て! あんたは魚が欲しいんだろ? どれだけ高い魚か知らないが、俺の剣じゃなくてもいいはずだ。なあ? みんなもそう思うだろ?」


 力自慢の冒険者は視線を逸らし、魔法使いの冒険者は人事のように知らんぷり、唯一若い冒険者が苦笑いで反応してくれた。そして気づいた。彼らの口がもごもごと動いていることに。


(……こいつら、飴で買収されてやがるっ)


 シウスは逃れられないことを悟った。

 そして、ベアトリーチェの口端が確かに笑みの形を作ったのを見のがさなかった。

 あの時、飴を配ったのは冒険者たちに小さな贈り物をすることで懐柔することが目的。シウスに手を払わせたのは罪悪感を植え付けるためだったのではないか?

 その結果、もっとも高価だとされるミスリルの剣を手にいれた。


(この女、最初から仕組んでやがった――っ)


 シウスはその場に崩れ落ちた。


「ちょっとちょっと、待ってよおねーさん。さすがに私もこんな高価な物受け取れないよ」


「魚屋の娘さん。何もお魚の代金だけじゃないですよ。これで盛大な結婚式を挙げてくださいな。二人の門出にはぜひ呼んで頂戴」


 ベアトリーチェはパチンとウインクする。

 娘が隣に佇む男を見つめぽっと頬を赤らめる。


「そ、そんな……。ありがとうおねーさん」


「ささ、話も纏ったことだし早くあなたのお店にレッツらゴーですよ。早く夕ご飯の仕度しなきゃ、お師匠さまがお腹すかせて待っているの」

 

 ベアトリーチェは娘の手を握る。


「ゴーレムさーん!」

「御意――――――――!」


 船内から大きな影が飛び立ち、港に降り立つ。

 降り立った巨人を中心に爆風が走る。


「きゃーっ」「――またかよ」「ぐふぇーっ」

 

 吹き飛ばされる住民をよそにベアトリーチェは娘を引き寄せる「ゴーレムさん。では魚屋さんにレッツらゴー!」

 ベアトリーチェがゴーレムの肩に乗り釣竿を振り上げる。

「御――――――意―――――――――――――――――――!」


 ゴーレムは一瞬で空の彼方へと消えていった。


 力なくへたり込んだシウスの背中を力自慢の冒険者がやさしくポンポンと叩く。


「どんまい」

「俺、もう冒険者やめるわ」


      ●●●


 煙突から立ちのぼる煙が星空へと消えていく。

 窓から漏れでる灯りに人影がうつり、まな板を叩く包丁の音がもうすぐ夕餉だと告げる。

 新鮮な食材を手つきよく下準備をしていくゴーレムにベアトリーチェは声援を送りながら料理の完成を待ちわびる。もうすぐ美味しい料理ができる。

 そしたら私は仕事で疲れて帰ってきた旦那様を三つ指ついて迎えるのだ。なんて妄想を膨らませながら。

「キャーっ」


「ごはんまだー?」


「お師匠さま。もうすぐできますよ」


「お腹すいたから早くねー」


「はーい」

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