二章 幽霊船の花嫁⑪
急にどうした? と達観した顔で釣竿を掲げて何かを叫んだベアトリーチェを見上げていた。
「―――――――――――――――――――――意いいいいいいいいいいいいっ」
船の中心に雷でも落ちたような轟音と氷で覆われた床が爆裂魔法でも炸裂したように弾ける。
あまりの衝撃に理解が追いつかずシウスは尻餅をついてしまった。
氷塵が舞いダイヤモンドのようにきらめいていた。
大きな影がうごめき、徐々に影が輪郭を持つ。氷塵が収まるとそこには巨人が出現していた。
「ウオォォォォォォォ―――――――――――――――――――――――――ッ」
巨人が大きく腕をあげ、大氣を震わす雄たけびをあげる。
突然な巨人の来訪に、この空間すべての者の思考が停止した。あのクラーケンさえも触手が止まっている。
シウスも目を点にし、しばらく呆けたように巨人を凝視した。
まるで神域に足を踏み入れ、信仰の対象となった巨岩を見上げているような錯覚。それと脳裏に霞む過去の記憶。
「あ、あんた? いや、おまえさん、ゴーレム使いだったのか?」
ベアトリーチェは片目を閉じることで返答する。
「いきますよゴーレムさん、大物獲りです!」
「御意――――――――!」
ゴーレムがその巨漢を動かし、足を踏み出す。
氷の床が一歩踏み出すごとに亀裂が走る。
唖然とゴーレムが通り過ぎるのを見ているだけしかいなかった。圧倒されていた。
ベアトリーチェが釣竿をババっと振るう。
「森の魔女直伝! 花嫁演舞一の型! 超絶!」
「御意」
ゴーレムがベアトリーチェの言葉に反応する。
「グレイト!」
「御意」
ゴーレムがクラーケンとの距離を縮めていく。
クラーケンが突如出現した敵に奇声をあげる。
「ハイパー!」
「御意」
ゴーレムの巨足がまた一歩とクラーケンとの距離を縮める。
クラーケンが再生した触手をゴーレムに発射させる。歩みを進める足に絡み付く。それでも歩みを止めないゴーレムにクラーケンは別の触手を発射。触手はその巨腕に絡み付く。
ゴーレムの動きが鈍くなる。クラーケンの眼が蠢き、冒険者を捕らえていた触手をすべて解放しゴーレムへと飛弾させていく。
「――がはっ」「――ぐっ」冒険者たちが氷の床に落下する。
触手のすべてがゴーレムへとへばりつくように絡み付く。
まるで繭のように絡みついた触手によりゴーレムの姿が見えなくなる。動きはクラーケンの目前で――止まった。
(ダメか――)
「エクセレント!」
ベアトリーチェの声と重なりゴーレムの声が轟いた。
「御意―!」
繭を引き裂くように巨腕が突き出てくる。
クラーケンの眼が見開く。
ゴーレムの右腕が弓に矢を装填するように引かれる。
「パーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンチ!!」
「御―――――――意―――――――――――――――――――っ」
装填された拳が大砲のごとく発射された。
拳がクラーケンに直弾。
ぶよぶよのクラーケンの顔が拳圧によってたわみ――――めり込む。
音の波紋が周囲に轟っと広がる。
シウスは目を驚愕に見開いた。
自分が思い違いをしていたことを知った。彼女は『日常』を演じていたのではない。
こんな『非日常』の只中でさえ彼女にとってみれば、ただの『日常』だったのだ。
暴風が船内を軋ませ風圧にシウスを壁まで吹き飛ばす。
「――ぐっわ――っ」
クラーケンの頭はゴーレムの巨腕に風穴をあけられ、スライムのように体は沈み込み静かに動かなくなった。
「やりました! おおダコ仕留めたり~」
ベアトリーチェはピョンっと飛び跳ね、着地とともに足をすべらせドスンっと尻餅をついた。
「――いっ……たぁ~」
「……一発、だと? ふざけるなよ」
歴戦の冒険者であるシウスはこの事態がどれだけの偉業であるか理解していた。
本来であればあのモンスターは『座』もちの冒険者五、六人人でやっと倒せるレベル、いやそれでさえ厳しい言わば伝説級のモンスター。黄道十二宮の『宮』持ちでもなければ。
それをたった一発。
「……ありえねーだろ」
もちろん、冒険者側も相当のダメージを与えていたことは間違いないだろう。そして、弱ったところを最後の一撃として止めを刺したにすぎない。
シウスはかぶりを振った。
「くやしいが、ここにいる者は誰も思ってねー」
力自慢の冒険者が痛みに顔をしかめながら、シウスの心を代弁するように言った。
「まったくだ。この世界には俺のしらねー化物がまだまだいやがるってことだろ。だけどよ」
シウスは苦渋の顔で唇を噛み締めゴーレムと女をみて鳥肌がたつのを覚えた。
「ああ、そうだな」
シウスは力自慢の冒険者と顔を見合わせ、お互いに頷きあった。
「「なんで、あのゴーレム、顔がブサイクなんだよ」」
シウス達冒険者一同は何よりもそこが気になった。
ゴーレムはまるで子供が作った粘土細工のようだったのだ。
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