二章 幽霊船の花嫁⑧

「でええりゃあああ!」


 クラーケンの一瞬の隙をつきシウスを捉えていた触手がバラバラと斬りおとされる。


「――ってて」

「旦那、大丈夫か?」「ああ」


 手を差し伸べてきたのは先ほど触手に捕らえられていた力自慢の冒険者だった。

 離れた場所には氷魔法を放った魔法使いが次弾装填の詠唱をすでに行なっている。その付近に捉えられていた冒険者達が陣形を作り、ケガをしている者に回復魔法を唱えている者もいる。


「へっ、てめえで捕らえた獲物を手放して俺に触手向けてりゃ世話ねーんだよ」


 クラーケンは攻撃する手が足りず冒険者たちを捕らえていた触手も攻撃に参加させていた。


(さて、どうするよ? 戦力は取り戻した。次は猟師たちの救助だが)


 本当にあの伝承のクラーケンか? にしては手応えがなさすぎる。もしくはギルドが高く評価しすぎたか? 情報の少ない案件に関しては若干のブレが生じる。

 未開地を主に活動範囲にしているシウスには思い当たることが多々あった。

(倒せるか――)

 冒険者たちを見回す。どの顔もこのまま黙っていられるかと鼻息荒く武器をかまえている。


「戦力は取り戻した。どうするよ?」


「旦那ぁ。おれたちゃ冒険者だ。この中にどれだけ一旗あげたいやつがいると思ってんだ? クラーケンの討伐に参加できるだけでも冒険者冥利につきるってもんだぜ」


 力自慢の冒険者が不敵に笑う。


「そうだったな。相手はあの伝説のクラーケンだ。相手にとって不足はねえ。反撃開始といくか? あんたの化け物みてえな筋肉に期待しているぜ」


 詠唱を終えた魔法使いの氷のつぶてが飛翔し、それを合図に再び開戦の狼煙があがった。


「いくぞぉぉぉぉ!」「うおおぉぉぉぉぉ」「やってやるぜえぇぇぇぇ」


 クラーケンの触手が空気を切裂き、若手冒険者の肩を突き刺す。


「ぐがぁっ――、だぁぁぁぁぁっこれくらいで負けてたまるかよぉーっ」


 若手冒険者は肩にささった触手を引きちぎり剣を突き立てる。床ごと突き抜ける。若手冒険者は剣を引き抜き、再びクラーケンへと駆け出していく。

 その穴からどくどくと海水が溢れでてきていた。

 シウスは迫り来る触手を皮一枚で避け、正面に来た触手を一閃。背後から襲いきた触手が魔法使いの氷の槍によって打ち払われる。力自慢の冒険者も触手をねじ伏せて、その足を一歩ずつクラーケンへと近づけていく。戦況は明らかに冒険者側へと傾けだしていた。


「あのぉ~、みなさん床が……」


 あと一歩、あと一歩とクラーケンとの距離が着実に縮まる。シウスの剣閃が触手をバラバラに刻み、何十本とあった触手は数を減らしていく。


「――辿りついたぜ?」


 驚異的な跳躍によって、刻んだ触手の根元にトンっと足をかけ、ひとっ飛びする。着地したのはクラーケンの頭部。「おらああっ」――剣を振り下ろす。ザンっと突き刺さる。

「キイイイイイイイイイイイイッ」

 頭部に突き刺さったミスリルの剣をこれでもかと沈み込ませる。


「どうだおらぁ。このまま死にやがれっ」


 クラーケンはたまらず頭を振りなんとか振り落とそうと壁に体当たりをかました。

「おっとー」

 直前でシウスは剣を引っこ抜き飛び退く。足元に溜まった海水が飛沫をあげる。


「さあて、そろそろフィナーレといきますか?」


「ちょっとちょっと~、海水がどんどん……」「――総攻撃だあぁぁぁ!」


 シウスの号令に冒険者たちが勝どきの声をあげる。

 力自慢の冒険者が突っ込み、魔法使いが氷の弾を打ちだし、それぞれ冒険者たちがクラーケンの母体に攻撃をあてていく。触手を失ったクラーケンはなすすべなく攻撃を食らっていく。


「どりゃああ」「くらえぇ」「死にさらせぇ!」「タコやろう」怒涛の攻撃が繰り出され続ける。


「はあはあ……どうなってんだ?」


 シウスは攻撃の手を休め、言葉どおりの違和感に顔をしかめる。

 冒険者の攻撃は続いている。そしてそれは一発一発確かにクラーケンの母体へとダメージを与えているはずである。手応えはある。

 だが、一向にクラーケンは倒れるそぶりを見せない。

 それどころか、形勢がしだいに押しかえされていくようだった。


「いい加減倒れやがれ!」


 力自慢の戦斧がクラーケンの体にめり込むが、触手がその巨漢を吹き飛ばす。他の者も同様に吹き飛ばされていく。「――っなんだってんだ」

 攻防を続けるクラーケンと冒険者を見据える。そして、船底に空いた穴から海水が漏れでていることに今更ながらに気づく。その海水に魚人らしきモノの腕や足が浮かんでいた。

 はっとし再びクラーケンに視線を戻した。

 船底に落とされてから魚人の姿を見ていない。自分の迂闊さに奥歯をギリっと噛み締める。


 モンスターの中には、他のモンスターを文字通り食事として取り込み、己のエネルギーとして消化してしまう魔物がいると聞いたことがあった。


「―――っ」


 それはモンスターがいる限り、無限の耐久力と回復力をもつということ。

 クラーケンの背後には大量の魚人を食べた跡と思われる槍と腕や足などがちらばり、船底に空いた穴から触手によって捕らえられた魚人が今まさにクラーケンの背中についた大口に放り込まれるところだった。魚人が叫び声をあげる間もなくその大口は閉じられる。


 レッドリストに書かれていた生半可な攻撃はダメージを与えることができないってのはこういうことかと吐き捨てた。


 ダメージを与えたとしても与えた傍から魚人を食うことによって体力を回復させていく。これじゃあ倒せないはずだと心中で舌打ちする。


「くそっ、わざわざ捕らえた人間を見えるところにへばりつかせてやがったのは、てめーが人を喰う化物だと印象づけし、本来の食事からは遠ざけていたってわけか?」


「つまり、主食は魚人で、人はデザートって感じかしら? ああ、ほらあのタコ、勝手に勘違いしたのはお前らだって顔してる」


 ベアトリーチェが補足する。


「魚人たちは何故喰われるままになっているんだ? いくら奴のほうが格上でも生存本能で奴からは逃げるはずだ。逃げられない理由でも……」


 冒険者たちの攻撃は力なく残った触手に弾きかえされはじめる。若い冒険者に至っては剣を杖がわりに体を支え、今にもその場にへたり込みそうである。

 何故倒れない? その焦りが力任せの攻撃を繰り替えさせ、力を使い果たし逃げる力も残らずにあとはクラーケンの餌になるばかり。


「攻撃を止めろ! 距離を取れ! 猟師たちの救助は終わったか!?」


 他の者も攻撃を繰り返すうちに違和感を覚えていたようで、シウスの言葉に従った。

 冒険者たちはクラーケンの背後の惨状に気づき絶句する。


「ば、化け物……」誰かの呟きがこぼれ落ちる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る