第9話『初めての誘拐計画(仮)』


 黒塗りのセダンが夜の東京をひた走る。

 戦闘員ナンバー00369は……いい加減長いから369、ミロクと呼ぼう。

 どうやら、運転席に座るミロクは饒舌で器用な男らしい。俺は後部座席にゆったりと座り、ミロクの与太話に耳を傾けていた。


「へえ。こういっちゃ何ですが、大型車両から牽引、特殊に小型船舶、レシプロ機ぐらいなら操縦出来ますぜ」

「ほお、凄いじゃないか。どこで習った?」

「昔、関東軍におりましてね。帝国陸軍って奴ですよ。そこでです。いやあ~、吉田戦車隊じゃチハ。ひょんな事から一式陸攻にも乗りましたね。東南アジアじゃ、結構暴れた口なんですよ」

「お前、年幾つ?」

「昔の事は、もう忘れました」


 カラカラと笑い飛ばすどこまでが冗談なのやら。ミロクは随分と砕けた口調になっていた。

 一見、四五十台にしか見えない風貌。これといって特徴の無い男に見える。

 いくら組織の新薬の実験台になった事があるとは言え、もし話しが本当なら、もう百歳近いのではないだろうか?


 まあいい。


「丁度良い。今度、俺に教えろ」

「三号様は何が操縦出来るんです?」

「それが判らんのだ」

「ほお」


 軽いノリで返してくるミロク。

 記憶を失った俺には、過去が無い。尤も組織に所属したその時から、個人としての存在は消失しているのだが。

 身体を動かす行為は、万能再生細胞のお陰で動かせば動かすほど自在になった。恐らく破壊された脳神経シナプスが再結合を果たしているのだろう。操縦に関しても、経験さえあれば。否、未経験であったとしても、まだ体内に万能再生細胞が残っている今ならば、容易に神経回路が形成され、驚くべき速度で習得が可能な筈だ。


「お! そろそろですよ!」


 ミロクがカーナビの案内から、目的の邸宅近くに到着した事を告げた。

 10インチ程度の小さな画面には、広大な敷地が表示されている。グーグルマップで建物を上から見た形状は把握済みだが、生の情報が欲しい処だ。

 そう、そしてだ。いわゆる、この後楽園ドーム一個分の敷地を、調べていますよ、という痕跡を残したい。


「ふへえ~。帝国学術会議の理事総長様ともなると、金持ちなんですねえ~」

「科学は儲かるらしいな」


 ミロクが呆れた口調で、まるで江戸時代の城を彷彿させる建物を、その高い塀の向こうに眺めながら、無難に車を走らせた。


 帝国学術会議理事総長、銭亀幸吉、八十八歳。今回のターゲットだ。専門は、軽く調べてみたが良く判らない。ただ、莫大な国費が帝国学術会議には流れており、日本全国の科学者の元締めの様な男。なかなか表には顔を出さない、謎の多い男である事は確かだ。


 たまたまリストのトップにあったから、ミロクの手前、ひょいと選んでしまったが。


「こりゃ、ちょっと……監視カメラ、赤外線、電磁波、高圧電線……要塞みたいな家ですぜ。俺らのアジトより豪華だ」


 ミロクはモニターのモードを切り替え、俺に建物の警備状況を逐一伝えて来る。

 なるほど、常人ならば入り込む隙はなさそうだな。


「この周囲を三週回り、それから路地に停車し、ドローンを飛ばせ」

「え!? 同じ車でですか? そりゃ、バレバレじゃあ……」

「いい。今日は挨拶みたいなものだ」

「わ~かりました……」


 しぶしぶ従うミロクだが、なるほど定石なら複数の戦闘員を動員し、複数の車両でデータを集めるものだろう。流石の俺でも、それくらいは判るつもりだ。

 だが、囮任務ならばそれと判る様に動いてもみせよう。


 三週回ってドローンを飛ばす。


 が、思った通り、敷地内上空に入ろうとすると一瞬で弾け飛んだ。


「レーザーだな」

「その様で」


 だが、反応した高度、間隔は覚えた。


 俺は冷静に脳内でシミュレートを開始し、徐々にイメージが固まり出した。


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