第10話『初めての潜入』
翌日の昼間は、ミロクに車の運転を習った。
ハンドルを握ると、何となく既視感があり、以前、俺は車を運転した事があるのかも知れない。
たまたまアジトの目の前が広大な荒地だったので、たっぷりと練習に専念する事が出来た。時折、発破のサイレンが鳴るのが玉に傷だが。
暗くなる前に、アジトに一旦戻る。
「そんじゃあ、三号様は一時お休み下せえ。こっちは車の整備をしときますんで」
「ああ、頼んだ」
ゴムホースとモップを手に、ミロクは車体の清掃を始める様だ。
見れば、車体は薄っすらと土埃で汚れていた。これで都内を走るのは、流石に目立つか。
「明日は単車に? それとも戦車で?」
「戦車か……」
見ればアジトのガレージには、他にも十数台の黒いスズキのバイクと、一番奥には旋回砲塔のある大きな角ばった車体が見える。その昔、自衛隊に供与されたアメリカのシャーマン戦車だろう。組織が廃棄品を横流しさせた、という処か。
「いや。あんなポンコツ、今更使い道もあるまい。明日は単車を頼む。俺に明日があれば、だがな」
「ありますよ!」
「ふ……かもな……」
だばだばとホースから水が流れ出す。
にっこりと目で笑う黒覆面のミロクに、俺はシニカルな答えを返した。
今夜、実際に銭亀亭へ潜入する!
恐らくは出迎えがあるだろう。必ずしも成功させる必要は無いが、弱体化している今の俺では返り討ちに逢う公算もある。
「果たして、鬼が出るか、蛇が出るか……」
洗車の水音が、こんな俺のつぶやきを掻き消した。
ふつふつと俺の中で湧き上がるものを感じる。これが何なのか、俺はその言葉を知らない。
しばらく歩くと、待機室へと戻る廊下で、俺の行く手を阻む者が居た。
「博士……」
「遊園地のゴーカートは楽しかったかい?」
せせら笑うオーガスタ博士、その人だ。
相変わらず、ぎらついた目で俺を見上げて来る。俺の胸元くらいに、その脱色した頭があり、つむじからは黒い地毛が覗いていた。俺は迷わず、そこを指で押した。
「ぎゃーーーーーっ!!?」
慌てて頭を抱えて跳び下がる様は、何か小さな生き物を彷彿とさせる。
俺は親指と人差し指をすり合わせ、フッと息を吹きかけた。
「虫だ……」
「嘘つけ!」
「脳改造を受けた俺は、嘘をつけない」
「嘘だ!!」
俺はやれやれと肩をすくめて見せた。
「その証明は?」
「そっちが証明しろ!」
「博士は小学生ですか?」
俺はやれやれと肩をすくめて見せた。もう一度。
顔を真っ赤にさせてがなる博士は、まるで小型犬が吠えまくる様に似ている。
「ぐぬぬぬ……貴様が失敗したと捏造して、殺処分にしても良いんだぞ! 貴様の代わりは、まだ十体以上いるんだからな!!」
「それはぞっとしませんね。でも、何が御用があったのではありませんか?」
「バカにするな! 私をバカにするな!! なんだ貴様の作戦案は!!?」
「お読みになったから、先日、承認を下さったのでは?」
俺はやれやれと、以下同文。
「ターゲットは!? ターゲットの名前が抜けているではないか!!?」
「あ、忘れてました」
「馬鹿か!!?」
「いえ。適当に選んだので、そのまま持ってって提出してしまったんです。でも、読んだから作戦を承認して下さったんじゃないんですか?」
俺は目を細めて、やれやれと、以下同文。
「私が一度に何枚、作戦案に目を通したと思っている!!? 十三枚だ!! 十三!! ちょっとは飛ばし読んだところで、良いではないか!!? 良いではないか!!?」
「いや、ダメでしょ?」
「私は研究者だ!! 行動隊長のお前たちとは違う!!」
「いやいや、ダメでしょ?」
地団太を踏むオーガスタ博士を、俺は生暖かい目で見下ろしていた。
俺は脳改造を受けた男。恐怖、困惑、一切その様な感情は存在しない。
「銭亀博士」
「何ぃっ!!?」
大事な事なので、俺はもう一度言う事にした。
「銭亀博士ですよ。帝国学術会議理事総長の、銭亀幸吉。俺はそいつを攫うふりをする事に」
「殺せ!!」
「え? でも、囮じゃ……」
博士のギラギラが数倍にも増して見えた。
これは……私怨だな。
「殺せ!! 奴の研究施設に火をかけろ!! これは絶対命令だ!!」
「はあ、まあそういう事でしたら」
総統の命令は絶対。まあ、一応博士は行動隊長だから、その指示には従うか。
俺はあいまいな気分で答えた。
だって、総統が名指しで博士を行動隊長に指名した訳では無いからな。絶対と言われても、俺の中では絶対にはならない。
まぁ、一応博士だからな……
そんな気分で、俺は真夜中の都会に降り立った。
某有名な高級住宅街。その一角に東京ドーム一個分の敷地面積の邸宅を構える銭亀博士。おそらくはその研究施設も併設されている筈。
誘拐をするフリが、殺しと破壊活動まで範囲が拡大してしまった。果たして、俺の戦闘能力でそれが可能だろうか? 甚だ疑問であるが、元より失敗しても構わない作戦だ。
「本当に拳銃も持たなくて良いんですかい? トカレフですぜ」
ミロクの奴、三八式歩兵銃からカラシニコフと色々な武器を持って来ては俺に勧めたが、最後の最後でダメ押しとばかりに懐から黒い拳銃を取り出して見せて来た。使い慣れて無い武器など、今更だ。
返事に首を横に振り、俺は静かに車のドアを閉めた。
「お前は近くで待機だ。二時間経っても戻らない時は、帰還しろ」
「わかりました。ご武運を」
俺はプラスチック爆弾が詰まったリュックを背負い、ミロクの言葉を背で受けた。
数十キロ程度の重さなど、改造人間の俺には意味を為さない。
ブロロロロと、ミロクの運転する車が走り去るのを待った。
この目の前にそびえる塀を越える所で失敗すれば、大爆発であいつも巻き込みかねないからな。さてさて、明日のニュースを賑わかせるのは、果たしてどんな記事か。
ゆっくりと、全身の細胞が変化を始める。
特別なホルモンがくまなく全身に行き渡り、皮膚はパキパキと音を発て硬質化し、強化筋肉がその繊維をより太くしなやかに変化させて行く。
仮初の、人の姿を捨てて行く。
「シッ!」
次には、俺の体は宙を舞った。
外塀とその上に張られた高圧電流の電線。そして、その上にある僅かの空間が、センサーの遊びの部分だ。遊びが無ければ、レーザーは打ちっぱなしになりかねない。それに反応し、発射するまでの僅かなブランクがある筈だ。
これだけ広大な敷地面積をカバーする防御装置。そのパワープラントにどんな発電装置を? 原子力という事はあるまい。
僅か数ミリ。瞬間、俺の体を電子が帯電する感覚が襲う。高圧電流による電磁誘導だ。
網目状、幾本もの赤外線ビームが張り巡らされた庭の端に降り立つ。石燈籠に右手一本で逆さに立ち、ゆっくりとバランスを保ちつつ体勢を入れ替える。
ここに石灯籠がある事は、衛星からの映像で判っていた。
全ては予定通り。
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